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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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4.終極のリベリオン③ 虹も雲も空も越えて

◇ ◇ ◇


「って、んな簡単に集まるわけないよなぁ。情報」


 中央広場。円形に並んだ石のベンチに腰掛け、リュートは気概乏しくつぶやいた。

 屋台に露店、買い物客。途中見つけた公衆浴場でも利用ついでに聞き込んだが、収穫は皆無に近い。

 唯一得られた情報は、パルメリアが異端の魔法使いとして、オベリウムの住人から好ましくない目を向けられているということだ。(あか)しがないのに魔法を使えるというのが理由らしいが。


(彼女と(うり)ふたつのアスラを見て誰も反応しないってことは、顔も知らずに(うわさ)で忌避してるのが大半って感じか)


 パルメリアが街を離れた場所に居を構えている理由は、その辺りにあるのだろう。

 ギルティークの存在を含め他の事柄に関しては、なにも情報を得られなかった。

 このまま聞き込みを続け、夜まで待って酒場でも望み薄なら、他の街へ行くことも考えた方がいいのか。


(つーかそもそもセラたちは、この世界に来てんのか?)


 そこが崩れるとどうにもならないので、あえてその前提で捜してはいるのだが。

 (ふと)(もも)(ほお)(づえ)をついた状態で、隣に座るアスラを向く。

 アスラは小さな石――(ほう)(ろう)(せき)(かけ)()を、手のひらの上でいじっていた。(ほう)(ろう)(せき)の結晶が放電(?)した際に欠け落ちてきたものだとか。

 始めは手持ち無沙汰で退屈しているだけなのかと思ったが、その真面目な顔つきから、彼女なりに(ほう)(ろう)(せき)を探っているらしいと分かった。が、


「アスラ。なにか感じるか?」

「んー、さっぱり!」


 やたら元気よくアスラが答える。リュートは「だよなー」とため息をついた。


「戻る方法が分からないってのも、致命的だよな。つーか――」


 未知の出来事への対処に必死で、立ち止まって考える余裕もなかったが、


「大丈夫なのか? 女神と須藤(あいつら)は……」


 遊園地に放置する形になってしまった。まあ今頃はとっくにセシルに報告が行き、新しい守護騎士(ガーディアン)でも付いているのだろう。そしてセシルは恐らく、所在をくらましたリュートたちを、毛ほども心配しないのだろう。


(……いや、少しはするかもな)


 なんらかの悪事をはたらいて、(わたり)(びと)の評判を落としていないか……といった意味で。

 そしてもうひとり、とある人物を思い出す。

 いつもへらへらしているのに、最後に見たのは厳しい顔つきだ。結局、ぎくしゃくしたまま別れるという形になってしまった。


「……なんかめんどくせえし、もうここに住んじまおうかな」

「それもいいねー」


 投げやりにぼやくと、まったりとした同意。

 数秒置いてから、リュートは訂正した。


「いや冗談だけど。君も冗談……だよな?」


 なんとなく怖くなって聞く。


「うーん。セラちゃんたちがいないのは(さび)しいけど……」


 アスラは言葉を切ると、悩ましげに眉根を寄せて――にこっと笑みを浮かべた。


「もし帰れなくてもリュー君と一緒なら、あたしはどこでだって平気だよっ」

「そりゃどーも……」

(そういう方向性で、あっさり完結していい事態でもねーんだけどな……)


 見通しがつかず沈むリュートとは対照的に、笑顔のアスラは石を懐にしまうと、ぴょんと反動をつけて立ち上がった。その勢いのまま、くるりとこちらを振り向く。


「ふたりでお店やったりしてもいいかもね♪」

「お店ねえ……」


 しかめ面で言葉を探す。


「お店は嫌?」

「嫌っつーか……」


 想像もつかない。(しん)(ぼく)という役割を捨てた時、自分にはなにが残るのか。


「やっぱりパン屋さんとかー、花屋さんとかいいなって思うんだ。それで歌いながら売っちゃったりして♪」


 うきうきした口調の延長で、アスラはそのまま歌いだした。


(これは確か……)


 アップテンポにアレンジされているが、音楽劇部が最近練習していた演目――よくは覚えていないが、少女が家と飼い犬ごと、別世界だか不思議の国だかに飛ばされる話――で使われていた英語歌だ。知らない世界への憧れを歌っている。

 意図してなのか、ただ最近のお気に入りなのかは知らないが、随分な皮肉だ。


(あの話は、最後ちゃんと帰ってたよな)


 練習風景を端々としか見ていないが、少女は靴の(かかと)を打ち鳴らして、元の世界に帰れたはずだ。


「…………」


 ちらりと自分の足元を見下ろし、座ったまま3回(かかと)を打ち鳴らす。

 もちろんなにも起きない。


(……俺、相当自棄(やけ)になってるな)


 誰も気にしてないのに気恥ずかしくなり、リュートはごまかすようにアスラの歌に意識を戻した。

 アスラはくるくるとその場で回りながら、心から楽しそうに歌っている。

 その歌詞通り虹も雲も空も越えて、世界の端まで届くような歌声。

 アスラの歌を聴いていると、なんとかなるような気がしてくるから不思議だ。

 通りを行き交う人々も、足を()めて彼女の歌に耳を傾けている。

 やがてアスラが歌い終え、満足げに深呼吸をしていると。

 わっと拍手が沸き起こった。それだけでなく、


「うまいぞ嬢ちゃん!」

「どこの国の歌かしら」

「心が洗われるわ!」


 思い思いの感想を口に出しながら、通行人がアスラの足元に小銭を投げる。どうやら旅芸人かなにかだと思われたらしい。

 これにはアスラも予想外だったのか、首をたっぷりかしげた後、


「リュー君リュー君。お金集まっちゃった!」


 目を丸くして、再びリュートを振り向いた。


「君の歌で生活費稼げるかもな」


 リュートは苦笑し、地面に散らばった小銭を指さした。


「せっかくくれたんだ。ありがたく受け取って、なにか好きな物買えよ」

「わーい、(みな)さんありがとうございまーす!」


 (もろ)()を挙げて、小銭を拾い始めるアスラ。

 それなりに量があるので、手伝おうかとリュートも腰を上げ――


(なんだ? あいつ……)


 こちらをじっと見つめている人物に気づいた。顔に赤い紋様を(えが)いた、赤髪の若い男だ。

 アスラの歌に聴き入っていた……という感じではない。彼女ではなく、明らかにリュートの方を凝視していた。

 リュートと目が合うと、男は慌てて視線をそらした。そのまま、こちらに背を向けて歩きだす。つられて足を踏み出すと、


「リュー君、全部拾えたよぉ♪」


 アスラの顔がひょこんと、下から視界に割り込んできた。


「えへへー、こんなにいっぱい。なんかうれしいな。この分だけ、みんなが褒めてくれたってことだよね」


 両手いっぱいの小銭を、ほくほく顔で見詰めるアスラ。


(……そうか。アスラは普段、俺ら以外の人間とはほとんど接触がないし、地球人にはそもそも認識されないから……)


 不特定多数の人間に、純粋に歌を評価されたことがうれしいのだろう。


(そうなると、この世界に迷い込んだのも、少しは良かったといえるのかもしれねーな)

「ほらほらリュー君、お金入れる袋っ」

「ああ、そうだな」


 促され、リュートは報奨金の入った巾着袋を懐から取り出した。袋の口を()けると、アスラがざざざっと、硬貨を流し入れていく。

 表面上はその流れを見届けながら、リュートは別のことを考えていた。


(どうせ手当たり次第なんだし、確認して損ってこともねーよな)


 リュートはどうしてもさっきの男――こちらをおびえるように見ていた、紋様顔の男が気になっていた。


◇ ◇ ◇

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