4.終極のリベリオン① 歌うことなど忘れてしまった。
◇ ◇ ◇
今夜も月がよく見える。
どれだけ世界が混ぜ戻されても、月は常に在り続ける。
憎らしいほどに見慣れてしまった月を、美しいと思わせてくれたのは……
…………
少女の歌が月夜に響く。
昼間とは違う、切ない旋律で。
少女は歌う。屋根の上で。
自分の隣で。
遠くから眺めるだけだった彼女が、目の前で歌っている。
ただそれだけの変化。なにも影響はない。
役割を果たすからこその自分なのだ。
ただ粛々とこなせばいい。
少女は歌う。伸びやかに。
つられて自分も口を開き――音を出すことなく静かに閉じる。
幾十万年の時の中で、歌うことなど忘れてしまった。
◇ ◇ ◇
鳥のさえずりが聞こえた気がして、リュートはうっすらと目を開けた。
「ん……あ……よく寝た」
ゆっくり伸びをしながら半身を起こす。
アラームによる強制起床ではない、自然な目覚め。とても気分がいいものだ。こんな日はゆっくりと朝食でも……
…………
(……いや違うだろっ!)
ゆとりの朝を味わっている場合ではない。リュートは慌てて布団を剝いだ。
リュートがいたのは安宿の一室だった。パルメリアの家と同じような石造りで、窓は四角くくり貫いてあるだけの、簡素な仕様。そこから漏れる朝日が、狭い室内に光を与えている。
ベッドの造りは宿代の割には――といっても通貨の相場が分からないので、あくまで他の宿との相対的な評価だが――悪くなく、枕、敷布団、かけ布団と、一応一式そろってはいる。寝心地の方も特段良いわけではないが、慣れない環境による緊張をほぐすには十分であった。
「あ、リュー君おはよーっ」
部屋の隅からなぜか聞こえる、はつらつとした声。座っていた机からぴょいと下り、アスラがこちらに飛び込んでくる。
リュートは身体をひねって射程から外れた。
ぼすっと頭から布団に突っ込むアスラ。その後頭部をぽんぽんとたたき、
「おはよう」
自分はベッドから這い出る。
(え……っと。なにするつもりだったっけか)
まだ頭が半分寝ているらしく、ぱっと出てこない。
昨日は確か、街の入り口で待っていたアスラと合流し、山賊の首領を警邏隊に引き渡したのだ。
首領は元々賞金がかかっていたらしいのだが、リュートの身の証しを立てるものがないため、承認してもらうのに時間を要した。手下の方は現場に残してきたためカウント対象外とのことだったので、医者の件も含めて丸投げしておいた。
その後は警邏隊に教えてもらった宿泊街に行き、取りあえず一番安そうな宿に、滑り込みで2部屋取って宿泊という流れだ。
(そうそう、まずは飯だ)
宿に着いた時は恐らく深夜帯だったので、夕食を食べ損ねたのだ。さすがに朝食は食べないと、活動する気力も湧かない。
傷の方は一晩寝て、気にならない程度には回復した。化膿すると面倒くさいので、目立つ傷は水で湿らせた布で拭いておいた。
「リュー君早くー、外行く準備! 早く着替えてー」
「はいはい」
ベッドでばたばた暴れるアスラに、リュートはふたつ返事をした。
着替えといっても寝間着があるわけではないので、ベルトや剣帯を外し、上着と靴を脱いで寝ただけだ。
ささっと身に着けて髪は適当に手ぐしでならし、腹を押さえてアスラを振り返る。
「よし、朝飯だ」
「だったら外で買おうよ! 買い食い買い食い♪」
わきわきと両拳を握るアスラに不安を覚え、リュートは念押しした。
「アスラ。外出の目的は聞き込みであって、散策じゃないからな?」
「分かってるよぅ。聞き込み聞き込み炊き込みごはーんっ♪」
「……ったく」
絶対分かってないであろうアスラを説き伏せることは諦め、リュートは部屋の外へと足を踏み出した。
◇ ◇ ◇