3.終局のディスペラート⑦ 彼と一緒に生きたいの。
(……なんかどれだけ訓練しても、彼女には勝てる気がしないな)
テスターは苦笑し、セラの元へと駆け寄った。
自身も衝撃でよろめいているセラを支えてやりながら、
「怪我してるんだから無理するなよ」
「知らないわよ。むかついたの!」
吐き捨てるセラの足元から、すすり泣きが届く。ロザリアが地面にへたり込んだまま、涙を流していた。
「なんで……ひどいじゃない。私は彼を、取り戻したいだけなのに」
セラはそれを冷たく見下ろした。
「だったらアルファードが殺される前に、自分が呪術師だって白状すればよかったじゃない」
「でも! 私は確かに呪術師だけど、悪事は働いてないっ……!」
「そうね。だけど白状すれば少なくとも、彼が呪術師だという疑いは晴れた」
「私のせいだって言いたいの⁉」
「違うわ。あなたが彼を愛していなかったとは言わないし、自己犠牲を推奨するわけでもない。でもあなたには、自身のなにかと引き換えに、彼を取り戻す術もあったはず」
セラが言葉を切り、きっぱりと告げる。
「事実よ」
物理的な暴力の代わりに、冷然と言葉で殴っていく。
「ただの事実として、どこまでも自分がかわいいあなたには、彼を取り戻すことなどできやしない」
「そんなの……そんなの理不尽よ。私は、なにも悪くなかったのに……」
「それを言うには、あなたは人に迷惑をかけ過ぎた」
吐き捨て、セラはくるりと背を向けた。
「ぐじぐじ月夜に祈ってもいいし、私を恨んで生きてもいい。悲劇に浸ってるだけじゃ、どのみち惨めなことに変わりはないけどね」
「そんなの……ひどいじゃない……」
打ちひしがれるロザリアにかける言葉もなく、テスターはセラの後に続いた。
セラはアルファードに用があるようだった。棺まで戻ってしゃがみ込むと、横たわる彼に手を触れる。
「ひどいことして、ごめんなさい」
アルファードの件は、自分たちが来た時にはすでに終わっていたことだ。
だけど呪いを返すために、もう一度彼を殺してしまった。どうしたって後味は悪くなる。
「……ちゃんときれいにして、改めて葬ってやらないとな」
「そうね」
「でもまずは、君の手当てをしないと」
立ち上がるセラに念押しし、テスターは周囲を見渡した。一番明るそうな場所を探していると、すぐ近くで光があふれた。
「……なんだ?」
月光でもない。松明でもない。光源はロザリアだった。彼女自身が光を放っている。
「私は……私は、彼と一緒に生きたいの。それだけなの……邪魔、しないで」
「な……なにあれ⁉ どういうこと⁉」
「分からない!」
テスターは叫び、目を細めた。それほどまでにまばゆい光だった。
「なに、この光……?」
ロザリアの戸惑う声が聞こえる。
(つまりこれは、彼女にとっても想定外ってことか)
答えを探しているうちに、さらなる変化が起きた。
ロザリアの手前に、忽然と人影が現れたのだ。後ろ姿な上にマントらしき物を身に着けているため、特徴はほとんど――長身で、黒髪らしいということ以外にはよく分からない。風になびくマントがロザリアの光を遮ってくれることで、そちらの方を見やすくはなったが。
「アルファード⁉」
ロザリアが歓喜する。が、すぐに表情を一変させた。
「違う、アルファードじゃない……誰?」
「この世界は極値に達した。これより世界は混ぜ戻される」
男の声だった。どこかで聞いたような声だが、それ以上に内容が気になった。
(混ぜ戻される……世界が生まれ変わるってことだよな?)
世界が生まれ直し、進化を重ねることを知っているということは……
「……あいつまさか神僕か?」
片眉を上げてつぶやくと、男がようやく気づいたようにこちらを振り返った。
「なんだお前たちは。この世界の者じゃないな」
どうでもよさげに聞くその顔は――
「お兄ちゃんっ⁉」
セラが驚く通り、男はリュートだった。
いや、正確には大人顔のリュートだった。リュートが20代に突入したら、そうなるだろうといった顔立ちをしている。そう考えてみると声も似ていた。ただしリュートに比べ冷たい顔つきで、声質もすれたような印象を受ける。
男はセラの言葉に眉をひそめたが、すぐに元の冷徹ともいえる表情に戻り、
「まあいい。死にたくなきゃ元の世界に帰れ。できないなら諦めて死ね」
首飾りのチャーム――小さな、砂時計だろうか――を手に取り反転させる。と同時に、砂時計から赤い光が放たれた。
(一体なにが起こってるんだ?)
ひとつひとつ必死に探っていこうとしているのに、展開が容赦なく謎を押しつけてくる。
とにかくセラのそばに付こうと、彼女の方に目をやれば。
(嘘だろっ⁉)
目の前でセラがかき消えた。アタラクシアで彼女が消えた時と同じだ。
(ってことは俺もか。まだなにも分かってないってのに……くそ!)
赤光が侵食するように、その範囲を広げていく。訳の分からない敗北感に打ちのめされ、テスターは男をにらみやった。
しかし男はすでにこちらを見ていなく、ロザリアへと語りかけている。
「ロザリア・アイバーン。お前の魂を回収する」
男がなにを言っているのか分からぬまま、その景色とともにテスターの意識は途切れた。
◇ ◇ ◇




