3.終局のディスペラート⑥ 集めてやるわよっ!
「馬鹿っ……」
テスターは思わず身を乗り出した。バランスを崩して倒れそうになる身体を、なんとか左脚で支え直す。
セラは矢尻のかえしに肉をえぐられたことも気にせず、鬼気迫る表情でこちらを振り向き、
「矢があればいいんでしょ⁉ 集めてやるわよっ!」
テスターの左手から小刀を奪い取ると、代わりに矢を押しつけてきた。
そのままロザリアたちが唖然としている隙に、棺の側面を、内側から踵で蹴りつける。あっけなく割れた木板を乱暴に引き剝がすと、セラは正面に向き直り、即席の盾として左手に掲げた。右手に握った小刀を横に振り、どすの利いた声で叫ぶ。
「身体を張るのは、なにも守護騎士の専売特許じゃないんだからねっ!」
(普通それは俺の役回りじゃないかっ?)
思いつつも、テスターはすでに行動に移っていた。結局は早く終わらせることが、セラの負担を軽減することにつながるのだから。
足首から先が動かなくとも、添え物や重しとして使うことはできる。
テスターは左手と右足を利用し、てこの原理で血に濡れた矢をへし折った。矢羽根側は地面に捨て置き、手に残った矢尻側を、アルファードの右手のひらに添える。
(本当にすまない、アルファード)
胸中でつぶやき、添えた矢を杭打つように、右足を突き下ろした。無駄に頑丈なブーツに初めて感謝しながら、足をどける。矢はアルファードの右手を貫通していた。
「あ……あの女は魔女よ! 一緒に葬らなきゃ!」
我に返ったロザリアが、皆をあおり始める。
生じ始めた風切り音が、そのままセラの脅威となる。
テスターは焦燥に駆られながらも、矢を慎重に引き抜いた。アルファードの血によりさらに赤く染まった矢を、今度は彼の左腕に添える。同様に足で一突き。
二の腕に傷は付けられたが、矢は損壊して使い物にならなくなってしまった。
するとちょうど後ろから、新しい矢が投げつけられた。
「追加よ!」
声ににじむ苦痛に、テスターは急いで矢を取った。
呪いを返した右手が動いてくれるのを期待していたのだが、あいにくまだ麻痺したままだ。己のたどたどしい動作にいら立ちを感じながら、アルファードの膝を立てる。上を向いた足の甲に、テスターは矢を添えた。
「これで終わりだ!」
「やめて! アルファードを殺さないで!」
ロザリアがとうとう金切り声で叫ぶが。
(セラを傷つけておいて、それは都合が良過ぎだろ!)
テスターは全力で足を突き下ろした。
途端、周囲が一段階暗くなる。
振り向くと村人たちが姿を消していた。辺りが暗くなったのは、彼らが掲げていた松明ごと消えたからだろう。
「あ……」
ロザリアが呆然とした声を上げるが、テスターにはどうでもよかった。気づけば手足の麻痺も治っていたが、それに安堵するのも後回しだ。
「セラ! 大丈夫か⁉」
テスターはセラの前へと回り込んだ。
「大丈夫よ」
セラは答えるが、到底そうは見えなかった。
パッと見て致命傷はないようだったが、身体中至る所に裂傷がある。顔には脂汗が浮かんでおり、痩せ我慢しているのが明白だった。刺さった矢も村人と共に消えたらしいのが、不幸中の幸いか。
テスターは情けない声でつぶやいた。
「すまない……」
「平気だって言ってるでしょ。思ったほど当たらなかったし。あいつら狩りはてんでへたっぴね」
小馬鹿にするように口の端を上げるセラ。と、
「アルファード……アルファード……」
壊れたレコーダーのように繰り返す声。
肩越しに見ると、ロザリアが自失の表情でつぶやいていた。焦点の定まらない瞳は、やがてこちらの姿を捉え、
「あと少しだったのに……アルファードを……返して!」
小刀を構えて、こちらへと向かってくる。
「同情はするけど、その憤懣は的外れだ」
テスターは向き直り、迎え撃とうと腰を落とした。ここまでされたら容赦はしない。
傷だらけのセラを思い浮かべ――その姿が目の前に躍り出たことに驚く。
「⁉ おいセラっ?」
「あったまきたっ……」
ふらつきながら駆けだしたセラが、ロザリアへと向かう。
ロザリアはセラが向かってきたことに驚いたようだったが、すぐに標的に定め、小刀を振り下ろした。
「あんたはっ……」
セラは横に跳んで刃をよけると、ロザリアの手首を取り、自分の元へと引き寄せた。
そのまま憤然と頭を振りかぶり、
「やり方が気に入ら――ないのよ!」
ロザリアの額に痛烈な頭突きをかます。
「……っ⁉」
ロザリアは星でも飛ぶような勢いで身体を反らし、その場に崩れ落ちた。




