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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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3.終局のディスペラート⑥ 集めてやるわよっ!

「馬鹿っ……」


 テスターは思わず身を乗り出した。バランスを崩して倒れそうになる身体(からだ)を、なんとか左脚で支え直す。

 セラは矢尻のかえしに肉をえぐられたことも気にせず、鬼気迫る表情でこちらを振り向き、


「矢があればいいんでしょ⁉ 集めてやるわよっ!」


 テスターの左手から小刀を奪い取ると、代わりに矢を押しつけてきた。

 そのままロザリアたちが()(ぜん)としている隙に、(ひつぎ)の側面を、内側から(かかと)で蹴りつける。あっけなく割れた木板を乱暴に引き剝がすと、セラは正面に向き直り、即席の盾として左手に掲げた。右手に握った小刀を横に振り、どすの利いた声で叫ぶ。


身体(からだ)を張るのは、なにも守護騎士(ガーディアン)の専売特許じゃないんだからねっ!」

(普通それは俺の役回りじゃないかっ?)


 思いつつも、テスターはすでに行動に移っていた。結局は早く終わらせることが、セラの負担を軽減することにつながるのだから。

 足首から先が動かなくとも、添え物や重しとして使うことはできる。

 テスターは左手と右足を利用し、てこの原理で血に()れた矢をへし折った。矢羽根側は地面に捨て置き、手に残った矢尻側を、アルファードの右手のひらに添える。


(本当にすまない、アルファード)


 胸中でつぶやき、添えた矢を(くい)打つように、右足を突き下ろした。無駄に頑丈なブーツに初めて感謝しながら、足をどける。矢はアルファードの右手を貫通していた。


「あ……あの女は魔女よ! 一緒に葬らなきゃ!」


 我に返ったロザリアが、(みな)をあおり始める。

 生じ始めた風切り音が、そのままセラの脅威となる。

 テスターは焦燥に駆られながらも、矢を慎重に引き抜いた。アルファードの血によりさらに赤く染まった矢を、今度は彼の左腕に添える。同様に足で一突き。

 二の腕に傷は付けられたが、矢は損壊して使い物にならなくなってしまった。

 するとちょうど後ろから、新しい矢が投げつけられた。


「追加よ!」


 声ににじむ苦痛に、テスターは急いで矢を取った。

 (のろ)いを返した右手が動いてくれるのを期待していたのだが、あいにくまだ()()したままだ。己のたどたどしい動作にいら立ちを感じながら、アルファードの膝を立てる。上を向いた足の甲に、テスターは矢を添えた。


「これで終わりだ!」

「やめて! アルファードを殺さないで!」


 ロザリアがとうとう金切り声で叫ぶが。


(セラを傷つけておいて、それは都合が良過ぎだろ!)


 テスターは全力で足を突き下ろした。

 ()(たん)、周囲が一段階暗くなる。

 振り向くと村人たちが姿を消していた。辺りが暗くなったのは、彼らが掲げていた松明(たいまつ)ごと消えたからだろう。


「あ……」


 ロザリアが(ぼう)(ぜん)とした声を上げるが、テスターにはどうでもよかった。気づけば手足の()()も治っていたが、それに(あん)()するのも後回しだ。


「セラ! 大丈夫か⁉」


 テスターはセラの前へと回り込んだ。


「大丈夫よ」


 セラは答えるが、到底そうは見えなかった。

 パッと見て致命傷はないようだったが、(から)()(じゅう)至る所に裂傷がある。顔には脂汗が浮かんでおり、痩せ我慢しているのが明白だった。刺さった矢も村人と共に消えたらしいのが、不幸中の幸いか。

 テスターは情けない声でつぶやいた。


「すまない……」

「平気だって言ってるでしょ。思ったほど当たらなかったし。あいつら狩りはてんでへたっぴね」


 小馬鹿にするように口の()を上げるセラ。と、


「アルファード……アルファード……」


 壊れたレコーダーのように繰り返す声。

 肩越しに見ると、ロザリアが自失の表情でつぶやいていた。焦点の定まらない瞳は、やがてこちらの姿を捉え、


「あと少しだったのに……アルファードを……返して!」


 小刀を構えて、こちらへと向かってくる。


「同情はするけど、その(ふん)(まん)は的外れだ」


 テスターは向き直り、迎え撃とうと腰を落とした。ここまでされたら容赦はしない。

 傷だらけのセラを思い浮かべ――その姿が目の前に躍り出たことに驚く。


「⁉ おいセラっ?」

「あったまきたっ……」


 ふらつきながら駆けだしたセラが、ロザリアへと向かう。

 ロザリアはセラが向かってきたことに驚いたようだったが、すぐに標的に定め、小刀を振り下ろした。


「あんたはっ……」


 セラは横に跳んで()をよけると、ロザリアの手首を取り、自分の元へと引き寄せた。

 そのまま憤然と頭を振りかぶり、


「やり方が気に入ら――ないのよ!」


 ロザリアの額に痛烈な頭突きをかます。


「……っ⁉」


 ロザリアは星でも飛ぶような勢いで身体(からだ)()らし、その場に崩れ落ちた。

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