3.終局のディスペラート⑤ 馬鹿げた悲劇
◇ ◇ ◇
村人たちは半円状にテスターらを囲っていた。弓をつがえたままこちらを見据えている者たちの後ろには、斧や大型ナイフを装備した者が控えている。光量が足りないのか、種火を元にどんどんたき火の数が増え、周囲に展開されていく。そのおかげで襲撃者の数も見当がついた。ざっと100人くらいか。アルファードの時と同じに。
村人は怒声や義憤に駆られた叫びを上げるも、矢を放つ気配はないようだった。ただしこちらが少しでも動けば、その限りではないだろう。
よほど機敏に動けない限りは、迂闊に立ち上がることもできはしない。たとえ迂闊に立ち上がれるのだとしても、今の自分にはそれすらできない。
テスターは包囲網からは目を離さず、隣のセラにささやいた。
「悪いセラ。俺、実は――」
「なに? 右手と同じで今度は足も動かない?」
「……気づいてたのか」
「気づくでしょ普通。そういうの、隠される方が迷惑だって分かってる?」
分かってたし、自分がセラの立場でも同じようなことを言っただろう。
(得体の知れない世界でただひとりの仲間に、どうして俺は見栄なんか……)
なんとかなると、うぬぼれていたのか。それとも……
「すまない。右手と、右足首から先が動かない」
「了解」
セラはそれだけで済ますと、もうなにも言ってこなかった。
次に言葉を放ってきたのは、また別の者だった。
「悲しいわテスター。私が愛したあなたが、悪魔の男だったなんて」
真正面の男の陰から姿を現し、ロザリアが歩み出る。本気で言っていないことは明らかだったが、テスターはあえて反論した。
「俺は君に愛された覚えはないけど。君が愛しているのは、この棺で死んでいるアルファードだろ」
耳を澄ますと村人たちの、「……? 棺の中に誰かいるのか?」「馬鹿、悪魔の戯言に耳を貸すな」などというやり取りが聞こえてきた。やはりアルファードの存在は認識されていないらしい。
「ロザリア、決心はついたか?」
ロザリアの隣に立つ男が、はやる心を抑えるように聞く。いまだ悪魔を『打ち倒さない』のは、ロザリアの希望によるものらしい。
「本当は殺したくないけど……あの人が悪魔の男なら仕方ないわ」
答える彼女の顔はまさに断腸の思いといった感じで、こんな時でもなければその演技力に感心しているところだった。
「待ってくれ」
テスターは懇願の声を出した。矢の飛来がないことを確認しながら、慎重に腰を上げる。右足が動かないため、左脚に重心を置いて。
「俺は悪魔の男だけど、セラは関係ない。この娘の命は保障してくれ」
「テスター君⁉ なに言って――」
セラの意見には、彼女を突き飛ばすことで答えた。反射的に弓を引こうとする男たちに、両手を上げて降参の意を示す。
「君らが悪魔を糾弾する義勇軍なら、まさか無垢の少女を手にかけるわけないよな?」
右側へと押しやったセラを視線で指し、テスターはあくまで『お願い』を申し出た。
「テスター。あなたの意見を尊重するわ」
ロザリアが、隣の男に顔を向ける。
それが合図ということなのだろう。男は待ってましたとばかりに弓を引いた。
(脇腹と心臓さえ避ければ、呪いは進行しない……!)
いずこかには当たる覚悟で、そこに賭ける。
テスターは身をよじり、そして矢が刺し貫いた。
セラの手のひらを。
「っ……!」
「セラ――なんでっ……⁉」
動揺に声が引きつる。せっかく突き放したのに、セラが自分から矢の前に飛び込んできたのだ。
これには矢を放った当人も戸惑いを見せている。
「な……どうして悪魔の男をかばう⁉」
「……あなたたちは、そろいもそろってクズばっかりだ」
両手を広げてうつむいたまま、セラがうなるような声を出す。矢が貫通した左手は、痛みのためか痙攣していた。
「呪術師だから、異教徒だから……自分が認めたくないものに全ての不都合を押しつけて、人ひとりをなぶり殺して……自分の幸せを護るために、他人の命はためらいもなく差し出して……ほんと、どっかの馬鹿女を思い出して吐き気がする」
「わ、私はただ、彼を取り戻したいだけよっ……」
揺れる声で半歩踏み出すロザリア。セラはバッと顔を上げた。
「……させない」
牽制するように、真っすぐにロザリアを見据えて、
「こんな馬鹿げた悲劇のために、テスター君まで殺させないっ!」
右手で矢柄を引っつかみ、勢い任せに引き抜いた。