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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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3.終局のディスペラート④ 月光が照らす顔は病的に青白い

◇ ◇ ◇


 (しん)(ぼく)の聖典ともいえる女神教書には、女神を(えが)いた絵画が何点も載せられている。それらはなぜか、月下の場面であることが多い。

 単純に、神秘的な雰囲気が好まれて選択されているのだろうと、今までさして気にも()めてこなかった。


 だがこの世界の月明かりに照らされて思うのは、案外女神自身、月に思い入れがあるのではないかということだった。

 そう思うほどに幽玄で壮麗な情景が、月下の湖に広がっている。

 徐々に包囲を狭めてくる村人たちの声から逃げるように、テスターとセラは湖畔へとやってきていた。


 ここに来るまでの間に、(のろ)いに関する自分の考察は、夢で見た光景も交えてセラに話してある。

 残り2撃を肩代わりせず、アルファードに『返す』ことで(のろ)いから解放される……テスターはそう踏んでいた。

 雑草を遠慮なく踏みつけ走りながら、セラが問うてくる。


「で、アルファードはどこにいるのよっ?」

「神の石の元にいるらしい」

「それで、神の石はどこにあるのよ⁉」

「湖のどこかにあるらしい」

「ちょっともう!」


 よほどいらっときたのか、足を()めてまで()(だん)()を踏むセラ。


「探す気あるの⁉ 自分の命に関わることでしょ!」

「もちろんあるさ」


 セラを促すように手招きし、テスター自身は止まらず進む。


「アルファードの最期を見た時、彼の後ろに見えたんだ……湖の岸にある巨大な岩。たぶんそれが神の石だ」

「それを先に言ってよね!」


 鋭く叫んで、セラが追いついてくる。


「でもなんで、アルファードは死んだままなのかしら。時間が戻ったのなら生きているはずだし、そうなったならロザリアも、ふたりで逃げるなりなんなりすればいいのに」

「時間の逆行は、あくまで(のろ)いを遂行するための仮想現実だ。(のろ)いの当事者だけは時間が戻らな――」


 あれ? と思考が途切れる。


「……君はなんなんだ?」

「はあ?」


 ぶしつけな問いが(かん)に障ったのか、多少険のある声が返ってくる。


「セラは(のろ)いに関係してないのに、時間の逆行に取り残されている……どうして君は戻らない?」

「存在感が足りてないからじゃない?」

「……そうか」


 速攻で返され、ようやく気づく。

 この世界においても、自分の体重が軽いことには気づいていた。箱庭世界と同じ……いや恐らくは、それ以上に。

 とはいえその()()体重は神僕(じぶんたち)にとっては()()であるし、困ることでもないので、特に抵抗なく受け入れてしまっていたのだが……

 体重が軽いということは、セラの言う通り存在感が足りていないということだ。


(ってことは意外に、俺(のろ)いでも死ななかったり?)


 などと考えてもみるが、さすがに試す気にはなれない。現時点で身体(からだ)に異常が認められているならなおさらだ。

 湖はさして広くもなかったが、それでもグラウンド程度の面積はありそうだった。

 半周ほど走っても目当てのものは見つからず、多少焦りが見え始めたころ。


「テスター君! あそこ!」


 セラが指さした先。確かに岩影を見つけ、テスターは足を速めた。

 あまりに()いたので一度通り過ぎそうになり、つんのめるようにして立ち止まる。

 そこにはあったのは大きな岩だった。湖を背景にどっしり構えている。


「これが神の石か」

「ただの岩じゃない。(ほう)(ろう)(せき)でもないし」


 一目見て興味をなくすセラ。


「村のやつらにとっては神の石なんだろ。それに少なくとも()()()は、俺にとって確実に有益だ」


 テスターは持っていた小刀で、岩の手前を指した。

 岩の周囲には野草が群生していた。それを一部押し潰すようにして、木製の(ひつぎ)が置いてある。岩が神の石というなら、(ひつぎ)はまるで(ささ)げ物のようだ。


「ここにアルファードが……?」


 おずおずとセラが言う。

 彼女が(ちゅう)(ちょ)する気持ちも分かる。


(俺だって気が引けるけど、仕方ないだろ)


 テスターは胸中でアルファードに謝り、(ひつぎ)の蓋を外した。

 中に横たわっていたのはまだ20代半ば、といったところの男だった。手を組まず直立姿勢なのは、そういう慣習なのか、あえて組ませていないのか分からない。

 腐敗の兆候は見られないが、心臓と右の脇腹から出血の跡があった。真っ赤に染め上げられた衣類はまだ湿っているのに、血の臭いは全くしない。

 月光が照らす顔は病的に青白いが、血なまぐささがない不自然さも手伝って、死んでいるというよりは眠っているように見えた。


 遺体を傷つけるという行為には、生理的な嫌悪感を覚える。

 が、悠長に構えてもいられない。耳に届くざわめきは大きくなりつつあった。村人が近づいてきている。


 テスターは意を決して、小刀をアルファードの左(だい)(たい)部に突き刺した。

 生きているかのように柔らかい感触だった。すぐさま小刀を引き抜くと、鮮やかな血が流れ出た。

 顔をしかめつつ、不幸な青年の右手に刃先を移す。そこでまた一突き。だが……


「出血しない……?」


 それは死体としては普通なのかもしれないが、この遺体に限っては違和感があった。加えて、今つけたばかりの右手の傷が、目に見えてふさがり始めた。


「どういうこと? 脚の傷はちゃんと残ってるのに」


 納得いかない様子のセラ。

 テスターは記憶をさらい、思い至った。苦々しくうめく。


「まさか、同じようにって武器もなのか」

(今度は条件厳し過ぎるだろ……)


 などと思うがどうにもならない。確かアルファードが受けた傷は、左(だい)(たい)部以外全て矢傷だったはずだ。


「ねえ、結局どういうことなの?」

「弓矢が必要なんだ」

(くそ、またしくじった……!)


 結局自分はしくじってばかりだ。取り戻せない失敗に絶望する。


(この段階で(のろ)いを()くはずだったのに)


 岩陰に逃げようにももう遅い。

 矢をつがえた集団が、テスターたちを包囲していた。


◇ ◇ ◇

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