3.終局のディスペラート③ 6つの憎悪
◇ ◇ ◇
「……スター君、テスター君っ!」
頭の中に、聞き慣れた声が響く。こちらの身を案じている時ですら、警戒心の下地は崩さない――
(いや)
心なしか、かたくなな下地が柔らかくなったような。
(少しは俺を信頼してくれるようになったのか? だったら精錬世界に来たのも、存外悪くないかも……)
そこまで考え、テスターはガバッと身を起こした。あまりに勢いづけたので、ぶつかりそうになったセラが「ひゃっ⁉」と飛びのいたほどだ。
空を仰ぐと、先ほどと変わらぬ月夜であった。
ただし黄昏時を過ぎたばかりの、まだまだ浅い夜だ。
(今度はどこまで戻ったんだ?)
耳を澄ませば、風に乗ってざわめきが伝わってくる。色めき立った様子から、平和な夜のピクニックなどではないことは明らかだ。
(これは……山狩りか!)
「テスター君? テスター君ってば!」
耳元で叫ばれ、はっと振り返る。月明かりの下、セラの心配げな顔が目に入った。
「大丈夫なの?」
「あ、ああ。ごめん」
テスターはあぐらをかくようにして足をもみほぐしながら――ずっと縛られていたから関節がこわばっていたのだ――そばにある縄の山を親指で指した。
「それ、セラがほどいてくれたのか? 君だって縛られてたのに、どうやって自分の拘束を?」
「私、拘束なんてされてなかったわ」
「ああなるほ――なんだって?」
己の足に戻しかけていた視線を、すぐまた彼女へと向ける。
セラは考え込むように、口元に手を当てた。
「いえ、たぶん一時的に縛られてはいたんでしょうけど……目が覚めた時、ほどけた縄が身体にまとわりついてたから」
となると、ロザリアがほどいた可能性が高い。
テスターは立ち上がり、腰の剣帯へと手をやった。そこにもちろん緋剣はない。
遠巻きだったざわめきはいつの間にか、耳を澄まさずとも聞こえる環境音となっていた。
(なるほどね。俺に死んではほしいけど、自分で手は下したくないってことか)
あまりにも正直なわがままに、苦笑が漏れる。
「やっぱりロザリアがほどいたってことかしら。でもどうして?」
「俺自身の足で、人生の最終地点に赴けってさ」
「?」
疑問符を浮かべて立ち上がるセラ。
テスターはアルファードの幻視――だか夢だか――について話そうと口を開くが、
「いたぞ! 悪魔だ!」
鋭い声が上がるなり、セラの手を取り走りだした。声から逃げる方向へ。
「ちょっ、テスター君⁉ どうして私たちが逃げるのよ⁉」
「嫌な予感がするんだっ」
その言葉を裏づけるかのように、方々から声が上がる。
「どこだって⁉」
「こっちにいる! 今度こそとどめを刺せ!」
「殺せ! あいつを殺せ!」
「悪魔の男テスターを殺せっ!」
「なっ……」
セラは絶句して一瞬立ち止まり、すぐまた駆けだし問い詰めてきた。
「どういうことよ⁉」
「どうやら俺は、アルファードの代替らしいんだ」
「代替?」
草木に邪魔されながらも、必死に並走してくるセラ。
それを横目に見て、テスターは彼女に足取りを合わせた。そして、
「6撃だ」
両手で6つを示すジェスチャーをする。
「6つの憎悪が、アルファードを死に至らしめた。それを俺が肩代わりすることで、彼は生き返る。命の交換だ」
「命の交換って、そんな馬鹿な……」
「ロザリアは呪術師だ。そして恐らく、呪術師とは精錬された力をもつ者のことをいうんだ。もしここが精錬後期の世界なら、命を扱うことだってできる」
「なんなのよそれ……たとえできるのだとしても、なんでテスター君が命を捧げなきゃいけないのよ⁉」
セラがあまりに憤激するので、テスターは自らが怒る機会を逸してしまった。怒りをかすめ取られた心地で笑う。
「それは俺が一番言いたいことだけど……今はとにかく逃げるか、呪いを解くかだ。俺が肩代わりするたびに時間軸が戻り、過去の事実が改変されていく。もう4発食らった。これ以上はさすがにやばい」
言葉ににじませた緊張感が伝わったのか、セラはすぐに感情の波を抑え、走りながら周囲を見回した。
「逃げるっていっても……囲まれてるわよっ」
「それなら――」
遠方を指さそうとし、力が入らないことに気づく。
見ると右手首から先が、だらりと垂れ下がっていた。それは右手に受けた呪いに関係があるのか……
「それならなに?」
セラが促してくる。走るのに意識を取られ、こちらの異変には気づいていないらしい。
テスターは右手を隠しながら答えた。
「逃げられないなら、攻めるしかない」
「ロザリアを捜すの?」
「違う」
短く切って、横に跳ぶ。
と同時、左手から草木をかき分け、男が飛び出してきた。右手に小刀らしき武器を握っている。
「このっ……悪魔が!」
男は飛び出した勢いを殺せないまま、しゃにむに小刀を振るってきた。
当然避けて、男の鳩尾に膝蹴りを食らわせるテスター。
「彼女をどうこうしても、たぶん呪いは解けない」
悶絶する男から小刀を取り上げ、左手で握り心地を確かめる。
「俺だって自分がかわいいからな。アルファードには悪いけど、もう一度死んでもらう」
◇ ◇ ◇