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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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3.終局のディスペラート② だいぶ詐欺まがいじゃないか?

「そうよ」


 あっけなく、ロザリア。


「でも私は村人たちが言うような、悪魔の手先なんかじゃない。だって私は――呪術師は、女神様から特別な力を与えられた、選ばれし者なんだもの!」


 力強い訴え。

 この世界における、呪術師の客観的な位置づけはテスターには分からなかった。

 しかし少なくとも彼女の中では、その主張が正しいのだろう。


「俺はその辺り疎いから、ぶしつけなことを承知で聞くけど……女神様に選ばれた君が、異教徒の男と?」


 ロザリアは鼻で笑った。自分を見上げるテスターに向かって、


「異教徒だからなんだっていうの? 彼が女神様を信じていなくとも、そんな彼と親しくしても、女神様はお怒りにならないわ」


 一息に言うと、薄闇でもはっきりと分かるほどに、顔色を変える。


「なのにあの人たちは、呪術師は悪だと、異教徒は悪だと決めつけて、アルファードを殺した。私は女神様に祈り続けた。彼を返してくださいと。毎晩毎晩、飽くこともなく……そしたらあなたが現れた」


 と、突然の落下感に包まれ、後頭部が地面にぶつかる。ロザリアが、テスターをいましめる縄から手を離したらしい。

 ガバと身を起こして顔を振り向けると、引きずられていくセラの姿が見えた。


「待っ……」


 身をよじり過ぎたらしい。バランスを崩して、身体(からだ)が再度地に落ちる。

 テスターは必死に首を伸ばし、後方へと目を向けた。ちょうどロザリアが立ち止まり、セラを木の幹にもたれさせているところだった。


「心配しないで。この()を傷つけたりはしない。あなたがおとなしくしてくれればね」


 彼女は振り返り、こちらへと近づいてくる。


「感謝してるのよ? 命の代替には、代替者の一部だけじゃなく、本人の同意が必要なの。身体(からだ)の一部は髪の毛程度でもなんとかなるけど、同意(これ)ばっかりはね……」


 テスターは起き上がり、ロザリアとの距離を測った。

 しかし彼女は飛びかかられるのを警戒しているのか、()(かい)するようにテスターの横を通り過ぎていく。

 少し距離を置いたところで、彼女はくるりと振り向いた。


「あなたが契約を交わしてくれたから、私は彼を取り戻せる……だから本当に、本当に感謝してるわ」


 月明かりが、ロザリアの至福の笑みを照らし出す。

 過去の会話を思い起こして、テスターが言えたのはこれだけだ。


「その契約アバウトっていうか、だいぶ詐欺まがいじゃないか?」

「それでもあなたは代替を承諾した。その言葉は力をもつの」

「へえ、言葉の力ってすごいんだなあ。めっちゃ後悔してるよ俺」


 早口で返してから、念のためといった体で、テスター。


「一応聞いておきたいんだけど、その契約って中途解約できるのかな?」

「いいえ」

「そりゃ困った……」


 ロザリアが矢筒から矢を取り出し、弓に構える。この至近距離だ。よほどのことがなければ外れまい。

 それでも逃げ道を探るテスターであったが、


「抵抗しないでね。彼女まで傷つけたくないから」


 ロザリアの容赦ない念押しに、身じろぎすら封じられる。


「いい子ね。優しい子……」


 むずかる子をなだめるような、優しい声音。

 弓がしなり、そして――

 ざんっ、と二の腕が裂ける痛み。それを()みしめる間もなく、足裏を衝撃が貫いた。


「っ……!」


 びくりと身体(からだ)が跳ね、しかし拘束により押しとどめられる。

 悲鳴を放出できなかった痛覚は、患部に舞い戻って叫びを上げた。


「ごめんね、同じようにしないと意味がないの」


 歯を食いしばってもだえるテスターに、ロザリアが心底申し訳なさそうに頭を下げる。


(謝るくらいなら、やらないでほしいよ……)


 吐き気を抑えるため、意図的に呼吸の頻度を上げるテスター。


(くそ、また意識が……)


 先ほどと同じ薬を矢尻に塗ってあるのだろう。すぐに気が遠くなった。


(せめて……セラだけでも、解放……(たの)……)


 後方で、くたりと木にもたれている少女。

 全てが終わった後、彼女は生き延び、箱庭世界に帰ることができるのか。

 己の身体(からだ)が倒れ、意識が途絶えるその瞬間まで、テスターはそのことだけが気になっていた。


◇ ◇ ◇

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