3.終局のディスペラート② だいぶ詐欺まがいじゃないか?
「そうよ」
あっけなく、ロザリア。
「でも私は村人たちが言うような、悪魔の手先なんかじゃない。だって私は――呪術師は、女神様から特別な力を与えられた、選ばれし者なんだもの!」
力強い訴え。
この世界における、呪術師の客観的な位置づけはテスターには分からなかった。
しかし少なくとも彼女の中では、その主張が正しいのだろう。
「俺はその辺り疎いから、ぶしつけなことを承知で聞くけど……女神様に選ばれた君が、異教徒の男と?」
ロザリアは鼻で笑った。自分を見上げるテスターに向かって、
「異教徒だからなんだっていうの? 彼が女神様を信じていなくとも、そんな彼と親しくしても、女神様はお怒りにならないわ」
一息に言うと、薄闇でもはっきりと分かるほどに、顔色を変える。
「なのにあの人たちは、呪術師は悪だと、異教徒は悪だと決めつけて、アルファードを殺した。私は女神様に祈り続けた。彼を返してくださいと。毎晩毎晩、飽くこともなく……そしたらあなたが現れた」
と、突然の落下感に包まれ、後頭部が地面にぶつかる。ロザリアが、テスターをいましめる縄から手を離したらしい。
ガバと身を起こして顔を振り向けると、引きずられていくセラの姿が見えた。
「待っ……」
身をよじり過ぎたらしい。バランスを崩して、身体が再度地に落ちる。
テスターは必死に首を伸ばし、後方へと目を向けた。ちょうどロザリアが立ち止まり、セラを木の幹にもたれさせているところだった。
「心配しないで。この娘を傷つけたりはしない。あなたがおとなしくしてくれればね」
彼女は振り返り、こちらへと近づいてくる。
「感謝してるのよ? 命の代替には、代替者の一部だけじゃなく、本人の同意が必要なの。身体の一部は髪の毛程度でもなんとかなるけど、同意ばっかりはね……」
テスターは起き上がり、ロザリアとの距離を測った。
しかし彼女は飛びかかられるのを警戒しているのか、迂回するようにテスターの横を通り過ぎていく。
少し距離を置いたところで、彼女はくるりと振り向いた。
「あなたが契約を交わしてくれたから、私は彼を取り戻せる……だから本当に、本当に感謝してるわ」
月明かりが、ロザリアの至福の笑みを照らし出す。
過去の会話を思い起こして、テスターが言えたのはこれだけだ。
「その契約アバウトっていうか、だいぶ詐欺まがいじゃないか?」
「それでもあなたは代替を承諾した。その言葉は力をもつの」
「へえ、言葉の力ってすごいんだなあ。めっちゃ後悔してるよ俺」
早口で返してから、念のためといった体で、テスター。
「一応聞いておきたいんだけど、その契約って中途解約できるのかな?」
「いいえ」
「そりゃ困った……」
ロザリアが矢筒から矢を取り出し、弓に構える。この至近距離だ。よほどのことがなければ外れまい。
それでも逃げ道を探るテスターであったが、
「抵抗しないでね。彼女まで傷つけたくないから」
ロザリアの容赦ない念押しに、身じろぎすら封じられる。
「いい子ね。優しい子……」
むずかる子をなだめるような、優しい声音。
弓がしなり、そして――
ざんっ、と二の腕が裂ける痛み。それを嚙みしめる間もなく、足裏を衝撃が貫いた。
「っ……!」
びくりと身体が跳ね、しかし拘束により押しとどめられる。
悲鳴を放出できなかった痛覚は、患部に舞い戻って叫びを上げた。
「ごめんね、同じようにしないと意味がないの」
歯を食いしばってもだえるテスターに、ロザリアが心底申し訳なさそうに頭を下げる。
(謝るくらいなら、やらないでほしいよ……)
吐き気を抑えるため、意図的に呼吸の頻度を上げるテスター。
(くそ、また意識が……)
先ほどと同じ薬を矢尻に塗ってあるのだろう。すぐに気が遠くなった。
(せめて……セラだけでも、解放……頼……)
後方で、くたりと木にもたれている少女。
全てが終わった後、彼女は生き延び、箱庭世界に帰ることができるのか。
己の身体が倒れ、意識が途絶えるその瞬間まで、テスターはそのことだけが気になっていた。
◇ ◇ ◇