3.終局のディスペラート① 星が輝いている。
◇ ◇ ◇
森の中、ひとりの男が見える。
彼は惑いながら、森の奥へと逃げていた。右手をかばい、足を引きずるようにしながら、それでも必死に走っていた。突然矢を射られたことに混乱しながら、逃げ道を求めていた。生き延びるために。
そこへ怒れる男が追いつき、股に刃を突き立てる。
彼は悲鳴を上げ、男を振り払い……逃げる、逃げる。
しかし両足に怪我を負っていては、ろくに走ることもできやしない。
湖へと抜け出たところで、飛来する矢に二の腕をえぐられる。
ずたぼろになりながら彼は振り向き、絶望する。
数多の――100人は超すであろう人間が、彼を包囲していた。
その者たちは皆、村の者だ。
かつて彼が心を通わせようと苦心し、結局は距離を縮めることができなかった者たち。
皆、汚らわしいもの・憎いものを見る目で彼を見ている。
彼は叫んだ。自分は違うと。
しかし数多の目は彼を許さなかった。
勝手に設けた偽りの罪で、彼を断罪した。
脇腹を裂かれた彼は、最後には心臓を貫かれ……命の灯を永遠に消した。
彼は悪魔の男ではなかったのに。
俺は悪魔の男ではなかったのに。
どうして彼が殺されるんだ。
どうして俺が殺されるんだ。
彼が殺され――俺が殺され――彼――俺が――
「…………?」
ずりずりと、なにかを引きずるような音。
引きずられているのは自分だと、曖昧な感覚の中で理解する。視界が暗いのは目を閉じているからだ。
身体の自由が利かない。どうやら両手両足を拘束されている上に、二の腕を押さえつけるようにして、上半身も縛られているようだ。腰回りの感覚から、緋剣は取り上げられていることが分かる。
負傷したはずの左股からは、痛みがすっかり引いていた。この分だと右手同様、傷痕すら消えているかもしれない。
目を開けると、木々の葉で所々隠された空が見えた。すでに日は落ち、本格的な夜へと突入している。
日が暮れるほどの間、意識を失っていたということか。それとも、
「――なあ、大丈夫か? あいつ復活とかしないか?」
「大丈夫だろう。念のため、女神様の御前に葬ったんだ。それでも気になるなら、しばらくは毎日交代で様子を見に行けばいい」
「そうだな……なんにせよ、これで悪魔の男はいなくなったわけだ」
「そういうことだ。俺たちはみんなで、村を護ったんだよ」
(……時間軸を移動してたら、話は別だけど)
遠くからかすかに聞こえてくる声に、ため息をつく。好ましくない推論ほど、なぜか積極的に後押しされるものだ。
などと考えている間にも、身体は地面の草を無残にへし折りながら、勝手に後ろへと移動していく。身体を縛った縄の先端を、誰かが引っ張っているようだ。
地面に擦れる手を守ろうと身じろぎすると、
「あら、もう目が覚めたの? 眠ってる間に終わらせてあげようと思ってたんだけど」
誰か――ロザリアが意外そうに声を上げた。肩に引っかけるようにして弓を携えている。背負った矢筒からは、矢に交じって緋剣の柄らしきものがはみ出していた。
身体をやや強引にひねって見上げるテスターに、彼女は続ける。
「あなたたちって驚くほど軽いのね。普段、ちゃんとご飯食べてる?」
テスターは隣で自分同様に引きずられている、セラへと視線を転じた。
彼女はぐったりとして、身動きひとつしていない。同じ神経毒を受けた自分が無事なのだから、心配することはないだろうが。
「……なんとなく、分かってきたよ」
テスターは空を見上げた。木々の隙間から見える範囲だけでも、空気がきれいなのだとわかるほどに星が輝いている。
元始世界に箱庭、そしてこの精錬世界。どの世界をとっても星はある。それもまた、女神の意思なのだろうか……
そんなとりとめのない疑問を抱きながら、テスターは核心に触れた。
「君が呪術師なんだな?」




