2.安寧のディソナンス⑫ なんでもいいからなにかしろよ。
◇ ◇ ◇
「……さすがになかなか、骨が折れるな」
実際、ひびくらいは入ったかもしれない。
痛む右腕を押さえながら、リュートは周りを見渡した。
「ぐぅ……」
「くそぉ……」
「……い、痛え……」
あちこちから上がるうめき声。
血の海……というほどではないが、20人近い人間が出血して地べたに這いつくばっているのだ。臭いもそれなりにきついものとなる。
「なんだよ。山賊やってんなら、これくらいのことでへこたれるなよ……」
我ながら無茶を言っているとは思うが、こっちだってあちこち負傷しているのだ。殺す気できて殺されかけたからといって、文句は言わないでほしい。
とはいっても、急所はちゃんと避けたはずだ(多少キレかけたのは事実だが)。
「だいたい俺は、本格的に人を斬るのには慣れてないんだ」
感触がよみがえった気がして、不快に顔をしかめる。
リュートは剣を地面に突き立てると、それに寄りかかるようにしてしゃがみ込んだ。
目の前ではあおむけになった首領が、左肩口を押さえてうんうんうなっている。思ったよりも打たれ弱いらしい。
「おい、いつまでうめいてんだよ。逃げたいのか医者呼んでほしいのか、なんでもいいからなにかしろよ。なんにもしないとさすがに死ぬぞ」
「……痛え……」
「がぁーもうっ!」
リュートは無事な左手で、わしゃわしゃと頭をかきむしった。立ち上がってぐるりと見回し、
「じゃあ街行って医者と警察……みたいなの呼んでくるから、ここで待ってろ! いいか、思い込みで勝手に死ぬんじゃねーぞ。致命傷じゃないんだから」
舌打ちし、近くに倒れている男の手から縄を取り上げる。男は殺人縄術の使い手らしかったが――自分でそう言っていた――縄と遊んでいるようにしか見えず、結局はなんていうか、ちょっとよく分からないままリュートに斬られて終わった。
まあ殺人縄術とやらには向かなくとも、拘束するのには十分使えるだろう。
リュートは首領の身体に縄を巻き、ギリギリと締め上げた。
「お前は俺と一緒に来い。首領を引き渡せば、報奨金とか出るかもしれねーし」
「痛っ……結局、お前も金……かよ」
「そーだよこちとら文無しだ。せめて宿1泊分の金くらいは欲しいんだよ。だから間違っても医者代なんて期待すんなよ」
「え?」
「いや『え?』ってなんだよ。なんで俺が払うんだよ」
「いや……お前が、つくった傷だし」
「お前マジで殺すぞ」
げしと、首領の膝裏を蹴る。なす術もなく顔面から転ぶ首領を放って、リュートは丸刈りの男から装備の一部――鞘と剣帯を取り上げた。
「ま、こんなもんか」
サイズが違うので強引に腰に取りつけ、リュートは血を拭った剣を収めた。
「強盗……」
「後でお前の額にそう書いてやるよ。ほら立て。街に行くぞ」
「くそ、覚えてろ……俺の部下が必ずてめえを……」
「へーへー」
口だけは達者な首領を引っ立て、リュートはアスラを追って歩きだした。
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