2.安寧のディソナンス⑩ 思いやりが足んないんじゃねーの?
「アスラ⁉」
リュートは受け身もそこそこに跳ね起き、アスラの元へと駆け寄った。
「大丈夫かっ⁉」
引きつった声で呼びかけ、彼女を助け起こすと。
「うん、へーき。あたしはこういうのなら、大丈夫だから」
平然と笑うアスラ。言う通り、彼女の身は傷ひとつ付いていなかった。
確かにアスラは疲労や痛覚、負傷などとは無縁で、リュート自身、それに頼り切ってしまうことは多々あったが。
「そういう問題じゃないだろ! 第一っ――」
痛烈に後悔する。派手に吹き飛ばされるアスラを見て、生々しい光景にぞっとして、考慮しなければならない可能性に遅まきながら気づいたのだ。
「第一この世界が、君にどう影響してるかも分からないんだ。もしかしたら『平気』じゃ済まなくなるかもしれない。いいか? 二度とするなよ!」
手短に伝え、リュートは爆発が起きた場所に顔を向けた。
(今のはなんだ? 自然現象か? それとも……)
「――っ⁉」
リュートはアスラをかばうようにして身を伏せた。
空気を裂く音とともに、頭上をなにかが通り過ぎていく。それはそのまま地面に突き刺さった。
「弓矢?」
矢尻の刺さり具合からすると、武器としてそれなりに洗練されたものらしい。
リュートは慎重に顔を上げ、矢の飛んできた方向を見定めた。
林の方から、何人もの男たちが近づいてきている。全員なにかしら武装しているが、どう見ても警察の類いには見えない。
リュートはアスラを抱きかかえたまま、彼女の耳元にささやいた。
「アスラ。隙を見つけたら、街へ向かって全力で逃げろ。それまでは負傷したふりをしておくんだ。あいつらが油断するように」
「え、リュー君は?」
「俺は後で追いつく。君がいない方が集中できて、その分俺は怪我しにくくなる。いいな? 俺のためだ」
「分かった」
俺のため、という言葉が効いたのか、アスラが聞き分けよくうなずく。
男たちを見据えながら、リュートはゆっくりと立ち上がった。緋剣の柄に手を添えながら。
(こっちでも使えるんだろうな? 緋剣は)
事前に確かめておくべきだったが、もう遅い。
5、6メートルほどの距離まで来ると、男たちは立ち止まった。
先ほど射ってきた本人であろう、弓を担いだ男。その隣に立つ男――偉そうなたたずまいからして、恐らくはこいつが首領なのだろう――が、剣を手に、にやついた顔で口を開く。
「久しぶりだな。また会うとは思わなかったぜ……」
「? なにを言ってるんだ?」
言いながらも、相手がなにを言っているのか、なんとなく分かった。
(ギルティークか)
この男たち――山賊というやつか?――は、以前ギルティークを襲ったことがあるのだろう。遠巻きに矢の嵐を降らせた方が確実なのにそれをしなかったのは、飛び道具は貴重だからなのか、面と向かって痛めつけたいからなのか。
(どちらにせよ、その矛先が俺に向かってるってのが、すっげーむかつくけど)
首領は倒れたままのアスラに目をやり、得意げに鼻を鳴らした。
「へへ、今度は魔法使いを連れてきててよかったぜ」
「魔法?」
ぴくりと眉根を寄せる。
(そうか、ここは精錬世界だったな)
魔法、妖術、呪術……世界によって形態は異なるが、精錬世界の住人は、そういった不可思議な力を扱えたという。
初等教育時代の教科書内容を思い出していると、首領が先を制したとばかりに、剣を握っていない方の手を上げる。
「おっと。前みたいに、警邏隊を呼ぼうったってそうはいかないぜ。お前らの魔法は結界石で封じさせてもらった。消耗品で高くつくが、なめられたままでいられるのもな」
リュートは悔しそうな顔をしながら――その方が相手の自尊心をくすぐって、時間を稼げそうな気がしたのだ――知識がないなりに、情報を整理していった。
敵には魔法使いがいる。魔法の詳細は不明だが、少なくとも小爆発が起こせる。
結界石という名前、そして敵は魔法を使える状況にあることから、特定の範囲内に、魔法が使えない状況を作り出してあるとみえる。
ギルティーク(と恐らくパルメリア)は魔法を使える。そしてどうでもいいことだが、この首領はいちいちけちくさい。
「へへ、声も出ねえか……ん?」
首領がここに来て、ようやくいぶかしんだ声を上げる。
「お前、そんなにちっちゃかったか? 格好も変だし」
「どいつもこいつも……あいつ基準に比べやがって」
青筋立てて、カートリッジを取り出すリュート。
首領の方はというと、自己完結したのか、剣先をこちらに向けてきた。
「まあいい。殺してもよかったんだが、証しのない魔法使いなんて例がねえからな。見世物小屋にでも売り渡してやるよ」
「ああ?」
リュートはやや乱暴に返し、緋剣を逆手に抜いた。
「殺すとか見世物小屋だとか……あんたちょっとばかり、思いやりが足んないんじゃねーの?」




