2.安寧のディソナンス⑨ どんな大層な役割なんだか。
◇ ◇ ◇
「し、死ぬかと思った……」
パルメリアの家から林道に出て、20メートルほど進んだ場所で。
ぜえはあと荒い息で、四つん這いのままリュートは顔を上げた。
「ほんと心配したよぉ」
実際不安げな顔で、手を差し伸べてくるアスラ。
「リュー君、口押さえて茂みの方行っちゃって。ようやく戻ってきたと思ったら、地面をのたうち回り始めるし……気圧の変化にやられたのかなあ」
リュートはアスラの手を借りて立ち上がると、服に付いた草を払い落とした。
「いやまあちょっと、いろいろとな……つーかなに。なんで君やパルメリアは平気なわけ?」
「平気って?」
「だから、あの薬草茶……」
「ああ、あれ。おいしかったよね♪」
きゅるんと両手を組み合わせ、アスラが恍惚に近い表情を浮かべる。
「なんか懐かしいっていうか。ああいうのをお母さんの味っていうのかな」
「いやそんなお母さんいてほしくない」
心の底から否定して、リュートは歩きだした。
もう夕暮れ時だ。暗くなる前にオベリウムの街へ着きたい。食事に関しては……先ほど胃袋に惨烈な一撃をもらって完全に食欲が失せたので、ある意味空腹問題は解消されていた。
「そういえばアスラ。さっきはなにを考え込んでいたんだ?」
ようやく機会を得て、アスラに問う。珍しく神妙な顔をしていたから、気にはなっていたのだ。
アスラはリュートの隣を歩きながら、
「ん……とね。ギル君が」
ギル君という呼び名に、多少むっとくる。
が、アスラは気づいたふうもなく続ける。
「なんだろう。会えてうれしかったっていうか、どこかで会ったことがあるっていうか……」
(会ったことがあるって、そりゃまあ俺と同じ顔みたいだし……ってことでもねーか)
アスラの口ぶりからすると、そんな単純なことでもないらしい。
(あいつの存在そのものに、なにかを想起させられている……?)
林道は特に舗装されてるわけでもなく、自然に出来上がった野道のようだった。凹凸を頑強なブーツで踏み進みながら、ずっと考えていたことを吐き出す。
「そうなると、あのパルメリアって少女……かつての君かもしれないな」
「え?」
その可能性はなぜか全く考慮していなかったのか、虚を突かれた声を出すアスラ。ぱちくりとまばたきをし、
「じゃああたしは昔、パルちゃんとしてここに生きてたの?」
そう念押しして聞かれると、途端に自信はなくなった。
リュートはアスラにというより、自分に確認するように言葉を並べていく。
「君は、かつて女神がその身に取り込んだ堕神の集合体だ。巡り巡ってセラが受け継ぎ、姿を現した。女神がいうには、君は堕神たちのうち1体の魂を核として、存在を形成している可能性が高い」
「それがパルちゃん?」
「彼女そのものというより、パルメリアの魂を最終的に引き継いだ堕神ってことだけどな。別に彼女自身が女神に反逆したわけでもないだろう」
言ってから、この話題はアスラにとって面白くないものだと気づく。
リュートは慌てて先を続けた。
「ともかく見た目からしても、パルメリア=アスラなんじゃないか?……薬草茶の好みも一緒みたいだし」
最後のは、ぼそっと付け加えて。
アスラはなにより、その点に食いついて笑った。
「リュー君ってば。外見の一致はともかく、薬草茶の好みで同一人物っていうのは、さすがに乱暴だよお」
「DNA鑑定並みの立証力だと思うけど」
割と本気で言ったのだが、相手にされなかった。
アスラはけらけら笑い、
「でもそっかあ……パルちゃんが、昔のあたしかぁ……あ!」
すごいことに気づいたというように、目を輝かせた。
「じゃあギル君は、昔のリュー君なのかな?」
「はあっ? やめろよ気持ち悪い」
ぞわっと背筋に寒気が走り、リュートは顔をしかめた。
「でもじゃあなんで一緒の顔なの?」
「さあな。君の意識に引っ張られて、自律指向型記憶次元が混乱でも起こしたんじゃないのか?」
適当に理由づけ、厄を振り切るようにすたすたと歩く。
「つーかあいつは何者なんだ? 神僕みたいだったが」
その辺りは特に、もう一度会って確認したいところではある。
「なんか役割がどうとか言ってたね」
「はっ、どんな大層な役割なんだか。だいたいなんだよ、あの人を見下した目は。いけ好かない顔しやがって」
「だからまんまリュー君の顔だよ」
「俺が言ってるのは表情とかそういう類いのことだっ!」
拳を握ってアスラを振り向くと、
「リュー君っ!」
どんっとアスラに突き飛ばされた。
「なっ……」
地面に倒れながら見えたのは、なんの前触れもなく起きた小爆発に、弧を描いて吹き飛ぶアスラの姿だった。彼女はそのまま地面にたたきつけられ、身体を跳ねさせる。




