2.安寧のディソナンス⑧ あなたたち、迷子かなにか?
「それでなんだっけ。あなたたちは、ここがどこだか知りたいんだったよね」
ギルティークに縫いぐるみを押しつけたパルメリアは、薬草茶の入ったカップを配りながら、本題へと入った。自らも席に着き、困ったように顔をしかめる。
「どこって言われても、ニーベル大陸の西部としか答えられないけど……すぐ近くにあるのは、オベリウムの街だよ。あなたたち、迷子かなにか?」
「迷子っていうか……いやまあ、はい。そんな感じです」
他に表現しようもなく、うなずく。
「うーん……」
パルメリアが、助けを求めるようにギルティークを向く。
ギルティークは我関せずと両目をつぶり、ついでに腕を組んで意地でも縫いぐるみは抱かないという意志を貫いていた。
諦めたらしいパルメリアは縫いぐるみを回収し、計2体の縫いぐるみを抱きながら、ギルティークの二の腕をつついた。
「ねえギル君。本当にこの子のこと見覚えない?」
「ああ」
「生き別れの弟とか」
「そんなガキ知らねーよ」
片目を開けて、毒を吐くギルティーク。
(……んだよ、ガキガキって。外見で決めつけるなっての)
リュートはいらいらと、ギルティークをにらみつけた。と、
「もー! だから、そういう空気はやめてよっ」
パルメリアが、両手のひらでテーブルをバシバシとたたく。
「ほら、ここはみんなでお茶でも飲んで。ね?」
言いながら手本ということなのか、ごくごくとお茶を飲み始めるパルメリア。
(……まあ突然押しかけて、この態度は失礼か)
リュートも反省し、カップを手に取りお茶を喉に流し込んだ。ギルティークとアスラも、それぞれのカップを口へと運んだ。
そして――
(な、んだこれ……)
愕然と目を見開く。
(まずいってレベルじゃねえぞ……!)
リュートはびくびくと痙攣しそうになる身体を、必死に抑え込んだ。これなら生ごみを食わされた方がマシだ。
(俺か? 俺だけなのかこの反応は⁉)
探るように見回すと、パルメリアとアスラは、おいしそうに飲んでいた。ギルティークも特に支障なく――
(……いや)
リュートは目ざとく気づいた。
よくよく見るとギルティークの両手は、わずかに指先がひくついていた。顔は平然と澄ましているが、内心は穏やかじゃないに違いない。
「あ、あと俺たち、人も捜しておりまして」
猛烈な吐き気をごまかそうと、リュートは早回しで話題を振った。
「金髪――腰くらいまでの長さなんですけど――の少女と、橙色の髪をした少年。ご存じありませんか?」
「うーん……知らない、かな。ギル君は?」
「知らねーな」
涼しげな顔でそっぽを向くギルティーク。
本当だったら「お前指震えてんの見えてるから」とか指摘してやりたいところだが、いかんせん、リュート自身もいろいろと臨界点に達していた。
がたりと立ち上がり、テーブルの脚に立てかけていた緋剣を剣帯へと収める。
「そうですか、お邪魔してすみません。それでは俺たちはこれで」
「え、もう行っちゃうの?」
「ええ、オベリウムの街、でしたっけ? そこで宿も取りたいですし」
目を丸くするパルメリアに、リュートは不自然でないように取り繕った。ギルティークがパルメリアに気づかれないよう舌を出したのも、この際無視した。
「それならここに泊まっていけば――」
「いえご迷惑ですのでそれに仲間の所在も早く知りたいから情報もたくさん集めたいですし」
「じゃあせめて、お茶をもう1杯だけでも飲――」
「いえいえ急ぐので本当マジでお気持ちだけありがたくありがとうございます行こうアスラ!」
「え? わっ、ちょっと待ってよリュー君!」
強烈な寒気に耐えながら、リュートは深々とお辞儀して、アスラも待たずに退室した。
そのまますたすたと廊下――というにはかなり短いが――を歩き、追いついてきたアスラと共に家を出る。後ろ手に閉めた扉が完全に閉まる直前、家の中からなにかが倒れる音と、パルメリアの悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたのギル君⁉ 大丈夫っ?」
リュートは回る視界と闘いながら、それでも舌を出すのだけは忘れなかった。
◇ ◇ ◇




