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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
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3.雲下の後悔⑧ だるい寝たい帰りたい無理死ぬ。

◇ ◇ ◇


「……あー。だるい寝たい帰りたい無理死ぬ」


 本日の授業ノートを見返しながら、リュートは心底やる気なくぼやいた。


 地球人の学校には部活動というものがある。

 生徒が部活動で学校にいる以上、最終下校時刻までリュートとセラも残らざるを得ない。本当なら仮眠でも取りたいところだが、下校後は訓練校で補講がある。

 つまり(たすき)()高校の授業の復習や課題は、基本的にこの時間帯にやるしかなく、居眠りなどする余裕もない。その上、


「その上、須藤明美の監視だなんて」


 口をとがらせ窓を見やる。窓を挟んだその向こうに、大机の一角で読書する明美の姿が確認できた。


 図書室内にある、司書室の中。そこにリュートとセラはいた。読書部に所属する――正確にはまだ仮登録の段階らしいが――明美を監視するため、セラが一室丸ごと借り受けてくれたのだ。

 もちろん理由は適当にでっち上げたものだ。話はしっかりとついているらしく、司書のものと思われる机は、きれいに片づけられていた。

 そこを使ってリュートは勉強、セラの方はといえば、


「怠惰な発言は心も怠惰にしてしまいますよ。ほらほら、張り切っていきましょう! 私たちの地道な活動は、必ず女神様のお役に立ちますっ!」


 無駄に高いテンションで、リュートの腕から血を採っていた。

 手当てはしたものの負傷箇所は痛むし、片手を肘枕に預けたままでは勉強もしにくい。リュートはノートを閉じると、正面に座るセラをよどんだ目で見返した。


「君って本当にやる気に満ち満ちてるというか、むやみやたらとあふれてるよな」

「リュート様のやる気が足りないだけです。失礼ですがリュート様はもう少し、女神様への忠誠心を見せるべきだと思います」

「忠誠心ねえ……少なくとも一度は、()()()()(ささ)げたつもりなんだけどな」


 ()いている右手で(ほお)(づえ)を突き、明美の読書姿を眺める。

 彼女が読んでいる本のタイトルは『世界の終わりを始めよう』。小説だか評論だかは知らないが、それすらも皮肉に感じる。


「たまに思うよ。もし女神が滅んで()(しん)が世界を創り直したら、一体どんな世界ができるんだろうって」

「リュート様、冗談が過ぎますっ!」


 眉をV字に非難の声を上げるセラ。

 悪い悪いとなだめすかして(そして、力んだ彼女が注射針を深く侵入させていないかをちらりと確認して)、


「分かってるよ、俺は女神の世界を(まも)る。自分たちの都合を無視して理不尽に滅ぼされるなんて、そんな無慈悲で冷酷なこと、あってはならないもんな」


 誰にともなく当てつけ笑い――


「……セラ」

「はい?」

「君、一体どれだけ血を抜いたんだ?」

「え?」


 セラの傍らに置かれたスタンドには、血入りの採血管が何本も。


「あら、うっかり」

「うっかりじゃない! 抜き過ぎ! つか殺す気か⁉」

「うふふ~。あっ」


 視線を後方へと流したセラが、リュートの腕から()(けつ)(たい)を外しつつ声を上げる。


「須藤さん離席しましたよ、図書室の外に行くみたいです。ほら追いかけないと」

「は? 俺が行くのか?」


 リュートは口をぽかんと()けた。

 セラは(ばっ)(しん)と止血シールの貼付をてきぱきとこなしながら、


「本当は私が行きたいんですけど、今はカートリッジの作製で手が離せないんです。下校時の監視は正規の守護騎士(ガーディアン)がしてくださるんですから、せめて校内にいる時は私たちで回さないと」

「っつっても、俺が付いてける場所は限られるんだけど」


 一応は予防線を張って席を立ち、司書室を出て明美の後を追いかける。シャツの袖を戻し、上半分だけ脱いでいた上着を着直しながら。

 ボタンを()めている間も、目は明美の後ろ姿を追っている。活動場所の割り当ての関係か、渡り廊下は体力トレーニングを行う運動部員たちでごった返していた。真っすぐな道だからと気を抜いていると、見失いかねない。


 教室棟へと移動し、生徒の間を縫うようにして歩くうちに、明美の目的地が判明した。

 といっても半ば予想はついていた。一時的に席を離れる理由など、そう多くはない。


(……やっぱり)


 明美が入っていったのは女子トイレだった。


 トイレ。(かわや)。お手洗い。

 呼び名はなんでもいいが、銭湯や更衣室などと並び、(げん)(しゅつ)が起きてほしくない場所のひとつ。

 こういった場所や個人宅などは当然、(げん)(しゅつ)が起きても()(かつ)には入れない。大抵は次元生物排除法の例外規定にのっとり、()(しん)がこちらの因子に反応して外に出てくるのを待つことになる。

 が、レジャー施設など規模が大きな場合は、距離が離れ過ぎてて()(しん)が認知してくれないこともある。そうなると備えつけのベルを鳴らして、中の人間を追い出す必要があるのだが……


 当然すんなりいくはずもなく、やれプライバシーの権利だの、やれ精神的苦痛による慰謝料請求だのと、厄介なことにつながるのが常だった。

 幸いにして学校のトイレ程度の広さでは、そんな問題は起こらない。がそれ以前に、異性に限定された空間など面倒事の詰まった火薬庫でしかない。


(俺にできるのはここまでだな)


 歩調を落として時間を稼ぎながら、考える。


(もし須藤が故意に()(しん)を召喚していて、その方法がトイレでもできるようなことなら、お手上げだ)


 しかしまさか、女子トイレ内に踏み込むわけにもいかない。明美が出てきても気づけない可能性があるので、男子トイレ内で待つという手も使えない。

 ならば。

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