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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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2.安寧のディソナンス⑥ ドラキュラか死神を彷彿とさせる。

◇ ◇ ◇


 太陽がだいぶ傾き――余談だが、太陽はダブって見えるのではなく、本当にふたつあった――日が暮れるかという頃、ようやく麓の家へとたどり着いた。黄色の石を積み上げて造ってある、小さな家だ。たまたま見つけたこの家が酔狂な趣味によるものでなければ、目の前の建築様式がこの世界の――少なくともこの地域の水準ということになる。

 見知らぬ環境での慣れない山歩きにさすがに疲労を覚えながら、リュートは後ろのアスラを振り返った。


「アスラ、大丈夫か?」

「全然大丈夫だよっ」


 びしっと、親指を立てるアスラ。疲労を感じないのだから当然なのだろうが、彼女の外見に釣られてついつい聞いてしまう。


(さっさと聞き込んで、取りあえずは宿探しだな。空腹(はら)もそろそろ限界だし)


 見たところ、30分も歩けば街にもたどり着けるだろう。

 そんなことを考えながら木製の扉をノックし、しばし待つ。


「はーい」


 (のん)()な声とともに、コツコツと近づいてくる足音。


(……ん?)


 一瞬違和感があるが、それがなんなのか分からない。

 きしむ音を立てて扉が()き――


「……アスラ?」


 リュートはぽかんと、目の前の人物を見つめた。

 長い銀髪に、(らん)(らん)とした光を放つ金目の少女。

 やや大人びた顔つきのアスラが、そこにいた。


「あれ? あたしがいるっ?」


 アスラも混乱した声を上げる。リュートの目の前にいる少女も、


「え? ギル君? あれ? あた、あたし? え?」


 リュートとアスラを交互に見て、見てて気の毒なくらいテンパり出す。どうやら彼女にも、アスラの姿は見えているらしい。


「え? なに? なんなのっ? ギ、ギル君大変っ! 外にあたしとギル君がいるの!」


 ばたばたと――たまに壁にごんごん肩をぶつけながら――家の中へと消えていく。


「……あれ?」


 遅まきながら、容姿以外の違和感に気づく。


(今彼女……()()を使ってなかったか?)


 今さっきの、彼女の言葉を頭の中で(はん)(すう)する。


(間違いない。()()だ)


 となるとここが精錬世界――本物にしろ自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)にしろ――であることも、(しん)(ぴょう)(せい)が出てくる。

 確認したいことが多過ぎてもどかしいが、先ほどの少女がいなければどうにもならない。

 扉が()いているとはいえ入るわけにも行かず、その場で待っていると。


「だから大変なんだよギル君! あたしとギル君がいるんだよ外にっ! ギル君はちょっとちっさい感じだったけど!」

「……あんたなに言ってんだ?」

「だからここにギル君がいるけど、外にもちっちゃなギル君がいてっ……」

「悪いが全く意味が分からない」


 若い男の声と、少女のやり取り。男の声は足音とともに、次第にはっきりと聞こえ始め、


「ったく。これならひとりの方が、早く()()(なお)――」


 こちらに歩いてくる男と、リュートは目が合った。馬鹿みたいに()いた口がようやく閉じかけたというのに、再びぽかんと口が()く。

 黒髪黒目。髪質はやや硬めで、寝癖かと思うほどに毛先が跳ねている。軽そうな長袖の上下に身を包み、足には頑丈そうなブーツ。胸元の首飾りには、砂時計のチャームが付いている。立て襟の黒いマントは全身黒っぽい格好であることと相まって、ドラキュラか死神を(ほう)彿(ふつ)とさせる。長身で、見た目こそ二十歳(はたち)そこそこに見えるが、その顔立ちは――


「うわあ、大人のリュー君だ!」


 アスラが見たままの感想を言う。


(どういうことだ? なんでこいつら、俺たちと同じ顔を――)


 (ぼう)(ぜん)と突っ立っていたことを、リュートはすぐさま後悔した。


「っ……」

「リュー君⁉」


 男は素早くリュートの後ろに回り込み、右腕で首を締め上げてきた。反射的に伸ばしかけた腕は、相手の左腕に拘束されて動かせない。その腕には添え木が当てられるなど手当ての跡が見受けられるのに、負傷しているとは思えないほどの力だ。

 男が口を(ひら)く。敵意むき出しの鋭い声音で、


「何者だ? お前の存在……俺たちに近い」

「なんだよ……いきなり」


 慣れない()()で答え、自由な右手で、首元の腕を(かろ)うじて緩める。

 この世界においても存在感の質量が影響しているのか、リュートの体重は軽かった。それが災いし、身体(からだ)は容易につり上げられていた。

 男が耳元でささやく。


「それに……その()()の姿。なんの冗談だ? 俺に対する警告か?」

()()、だと?」


 ますます訳が分からない。

 素手で拘束を()くことは諦め、リュートは()(けん)へと手を伸ばした。と、


「ちょっとギル君! ちっちゃなギル君に失礼だよっ!」


 ばたばたと家から出てきた少女が、男を一喝する。

 男はこれ見よがしに舌打ちすると、リュートを放した。


「大丈夫? ちっちゃなギル君」


 少女が気遣わしげに、こちらの顔をのぞき込んでくる。


「……お気遣いありがとう」


 たぶん悪気はないのだろうと、『ちっちゃなギル君』はお礼を返した。


◇ ◇ ◇

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