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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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2.安寧のディソナンス⑤ 笑うところか?

◇ ◇ ◇


「つまりは、この事態は君が引き起こしたって言うのか?」


 ガサガサと()(けん)で草木をかき分け、山を下りながら。

 リュートは隣を歩くアスラに、半信半疑で問いかけた。


「なんかそんな感じがする」


 アスラが人さし指を顎に当て、気難しげな顔で答える。


「うまく言えないんだけど……(ほう)(ろう)(せき)()れた時、身体(からだ)が熱くなった気がしたの。こう、内側から……ぐわっと、なにかがはじけるような」


 たどたどしくも強く主張し、先ほど拾った木の枝で下草を払っている。(より正確にいえば、ただ草花をなでているだけだったが)。


「なるほどな」


 と言うほど理解はできていなかったが、アスラが(うそ)をつく理由がないし、彼女が言うならそうなのだろう。ただ問題は……


「ったく。ここは一体どこなんだ? スマホも通じねーし、空間座標は読み取れねーし、つーか月は2個もあるし、なんなんだよマジこえーんだけど……」


 ぶつぶつと、鬱陶しく視界を塞いでいる枝を払う。

 昨夜目が覚め、月の異常に気づいた後。

 無理のない範囲で周囲を探索していたらアスラと合流できた。それ自体は大いに結構なことなのだが……


 そうなるとセラや、(せい)(てん)ドームで意識が途絶える前に一瞬姿を見たテスターも、ここにいるのか気になってしまう。なにせリュートは、自分が消えた後の彼らについて、なにも分からないのだ。

 消えたのが自分とアスラだけという線は、十分にあり得る。そしてそれは同時に、自分たちに続いて彼らも消えたという線も、十分にあり得るということだ。


 とはいえずっと山頂で右往左往するわけにもいかない。一眠りして朝を迎え、視認できた街に取りあえずは向かおうと、山を下りることにした。


(滑落だけは気をつけねーとな)


 山歩きなどしたことないので――カリキュラムにある山中訓練はまだ先だ――いろいろと間違ってる気がして不安でならない。もし間違っていたとしても物理的被害を受けるのは自分だけなのが、不幸中の幸いといえなくもない。


「リュー君。あたしね」

「ああ」


 木々の隙間から見える太陽の位置――よくは確認できないが、なんかふたつダブって見えるのは気のせいだろうか――を確認しながら、返す。


「あたしね。ここにいて、なんかすごく懐かしい感じがするの」

「懐かしい?」


 今の自分の状況に全くそぐわない言葉に、リュートは顔をしかめた。

 しかしアスラは真剣なようで、自分に言い聞かせるように小さくうなずく。


「あたし、ここにいた……ここに生きてた気がする」

「馬鹿言うなよ。だったらここは精錬世界ってか?」


 笑い飛ばす。が、アスラは否定しない。


「……本気か?」


 リュートは立ち止まり、辺りを見回した。


「時間と次元を超えた? なんだそれは? 笑うところか?」

「ううん、そういうんじゃないっ」


 アスラも立ち止まってバッと振り返った。手にした枝が軌跡を(えが)く。


「なんていうか、現実味がないの」

「めっちゃあるけど。現実味」


 痛烈な枝ビンタを食らった頰を押さえ、リュートはうめいた。

 アスラはそれにも気づかず、夢中でまくし立てる。


「そうだよ、あたしはここに生きてた。ここを知ってる。でもここは、()()()()()じゃない」


 必死に訴えるようなまなざし。

 さすがに無視するわけにもいかず、リュートは頭を巡らせた。


「君の感覚を信じるとして前提を設けるなら……ここはかつて存在した精錬世界。ただし本物じゃない。つまりは――自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)……?」

自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)って、世界の記憶を再現するとかっていう?」

「ああ」


 自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)

 それは女神が創った世界のひとつ。すでに滅びた世界の記憶を再現し、たどり着いたかもしれない未来を探る検証次元でもある。

 個体は再現された人格に基づき思考・判断し、行動する。再現個体の意思決定は、必ずしもオリジナルと同じにはならない。個々の選択のずれは絡まり合い、大きなうねりとなって、その世界の未来をも変えていく。

 アスラは「うーん?」と首を傾けた。


「ってことは、時間と次元を超えたっていうよりは、単に次元を飛び越えただけ?」

「だけって言うには大ごと過ぎるけどな。それにあくまでひとつの可能性だ」


 リュートは予防線を張ってから、再び歩きだす。


「とにかく山ん中じゃ、判断できる要素が少な過ぎる。せめて誰か他の人間に出会えれば……」


 見晴らしのいい場所に出たので、街の位置を確認しようと見渡した時だった。

 麓の方に1軒、小さな家を確認できた。


「アスラ。取りあえず、あそこに行ってみよう」


 指し示すと、アスラは笑顔で即答してきた。


「りょーかいっ」


 なんだかんだで楽しそうなアスラに苦笑し、リュートは歩を進めた。


◇ ◇ ◇

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