2.安寧のディソナンス④ 忘れるな。
(こいつらが治癒の力を身につけるのは、まだまだ先か)
治癒の力は創造の力。破壊の力を行使するより、代償を伴う呪術を会得するよりも膨大な時が必要だ。
……あと何回世界を混ぜ戻せば、住人たちは女神の仲間にふさわしい力を得るのだろうか。
……あと何人の悲鳴を聞けば、自分はこの循環から抜け出せるのだろうか。
(そんなこと……俺が考えるべきことじゃない)
考えたくもない。
「ね、ギル君ってひとり暮らし?」
「え? あ、ああ」
即興の設定に照らし合わせ、唐突の質問になんとか答える。ギルティークの外見年齢は、二十歳そこそこ。なにも不審な回答ではないはずだ。
パルメリアが布で傷口を巻いていきながら、天気の話でもするように、あっけらかんと続ける。
「じゃあさ。怪我が治るまでの間、ここで私に面倒見させてくれないかな?」
「は?」
頰がかくんと、手のひらから落ちる。
「だって怪我したの私のせいだし……それに私、年の近い友達っていないから、もっとギル君と話してみたいんだよね」
(年近いって……軽く数十万は離れてるぜ。そもそもが、警戒心なさ過ぎだろう)
パルメリアは、ギルティークのあきれたようなまなざしを受け、
「あ、それにほら。あの強盗が仕返しに来たら怖いなー……なんて」
取ってつけたようなことを口にした。
「報復を心配するのは結構なことだが」
ギルティークは一応、その建前に合わせて問題点を指摘した。
「あんたを襲うのは、あいつらだけじゃないかもしれないぜ」
トントンと、指の腹で机をたたく。
「俺は男であんたは女。そこんとこ、分かってんのか?」
「そのときは、問答無用で爆砕するから大丈夫♪」
きちんと警戒心がはたらいていたことに対する安堵が半分、簡潔な爆砕宣言に対するドン引きが半分、といった形でギルティークは肩をこけさせた。
「だったら護衛もいらないじゃねえか」
「そこはほら、それはそれってやつで」
あはは、と頰をかき、ギルティークの腕を木切れで固定させていく少女。
「まあ別に。あんたがそれでいいってんなら、ありがたく世話になるぜ」
「ほんと⁉」
「ああ」
居候はギルティークにとっても都合のいい展開だった。なまじ存在を認識させてしまった以上、監視はやりにくくなる。それならいっそのこと、懐に飛び込んでしまえばいい。
「やったあ! 楽しくなりそう♪」
るんるんと歌いだしそうな流れのまま、パルメリアは本当に歌いだした。祭りの時に流れるような、軽快な歌だ。
「歌、好きなのか?」
「え?」
不意を突かれたように、パルメリア。
この際だ。ギルティークはずっと気になっていたことを聞くことにした。
「さっきも歌ってただろ、林道で」
「……うん、大好き」
本当にうれしそうに、パルメリアが笑う。胸に手を当て、
「こうね、歌うと自分がどんどん拡がっていって、世界と一体になって、溶け込んでいく感じがするの。嫌なことも全部忘れて。全てとつながってるような、不思議な感じ」
「ふうん」
世界とつながるのは、どちらかというととらわれている感じがして、個人的には全く共感できない感覚だが。
(……個人的には、だと?)
いらいらと、ギルティークは己を戒めた。
(俺は個人じゃない。女神から役割を与えられただけの、ただの神僕だ。俺の意見はどこにも影響しない……してはいけない)
忘れるな。
少女がいる。世界が在る。
世界丸ごと少女を殺す。
それが自分の役割だ。
◇ ◇ ◇