2.安寧のディソナンス③ なかなか死ぬ機会に恵まれない。
◇ ◇ ◇
小さいながらも堅牢な石造りの家。そこがパルメリアの家だということは、いつも見ていたからもちろん知っていた。
「さ、入って入って」
促されるままに入り、左腕に右手を添えたまま、奥へと進んでいく。
と、応急処置で巻いておいた布から、血が滴り落ちそうになっていることに気がついた。
「…………」
右腕の袖で、乱暴に血を拭う。
別に床が血で汚れようと知ったことではないが、なんとなく、一応そうしておいた。
「こっちだよ。この椅子に座って」
居間にあたる部屋に通され、ギルティークは椅子のひとつに座らされた。隣の椅子には、なんらかの生物をかたどった、不細工な縫いぐるみが置いてある。
「あ、それミミちゃん。あたしが作ったんだよ。かわいいでしょ?」
自慢げに言うパルメリア。
たぶん反応した方がいいのだろうと、ギルティークは再度縫いぐるみを見て会話をつないだ。
「針千獣か?」
「ひど。耳長獣だよ」
「……にしては目が1個多い気が」
「うっかりだよ」
「豪快なうっかりだな」
「んもう、そんなことはいいから。手出して」
もしかしたら、多少の自覚はあったのかもしれない。ごまかすようにパルメリアが急かしてくる。
彼女は縫いぐるみをどかしてギルティークの隣に座ると、負傷部位を手に取った。
「……うっわー、結構ひどいことになってるね」
「別に。痛いだけだ。死ぬわけじゃない」
右手で頰杖を突き、淡々と答える。
事実、死んでみたいと思うくらいには、なかなか死ぬ機会に恵まれない。
「――よし、あたしお手製塗り薬の出番だねっ」
パルメリアはガタッと席を立つと、壁際の棚から小瓶や清潔そうな布など、手当てに必要な一式を手早く取り出した。戻ってきて再びギルティークの隣に座ると、机上に平らな器を置く。
「ギル君、手を上に」
言われた通り、器の上に左腕を置く。パルメリアが瓶から注いだ水が、血を洗い流して器へとたまっていく。
「ねえ。ギル君はこの近くに住んでるの?」
痛みから気をそらそうとしてくれているのか、ただ世間話がしたいだけなのか。パルメリアが聞いてくる。
「まあな」
答え、ギルティークは頭の中で設定を復習した。まさかずっと監視してましたとは言えないので、ここに来るまでの間に、適当に嘘を作り上げた。
「そうなんだ、あたし全然気がつかなかったよ」
薬瓶の蓋を開けながら、パルメリアが頰を緩める。
あまりにもにやにや笑うので――正直気味が悪くて――ギルティークは問いかけた。
「どうした?」
「あたしね――初めてなんだ。あたしと同じ、証しのない魔法使い見たの」
「……そうか」
パルメリアの前で力を使ったことを、今更ながらに思い出す。
この世界基準では、あれは魔法ということになるのだろう。ただしこの世界では、魔法使いは褐色の肌をもつ。そうでない者が魔法を使えるなどあり得ず、もしそんな者がいた場合は異端だの魔女だの騒がれる。
パルメリアと同じく。
「きっとギル君も、大変な目に遭ってきたんだよね」
いたわるような声。異端者が受ける扱いなど、古今東西決まっている。
しかしギルティーク自身はその扱いを受けていないので、同族意識を向けられても気まずいだけだ。自然、なにも言えず黙り込む。
ギルティークのそんな態度すら、つらい思い出による沈黙と取っているのだろう。パルメリアはなにも聞かずに、優しい手つきで傷薬を塗っていく。薬は傷口にひどく染みた。




