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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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2.安寧のディソナンス② あなたの名前は?

◇ ◇ ◇


「ちっ……」


 ()が食い込む左腕を見据え、ギルティークは舌打ちした。

 放っておけばよかったのだ。

 わざわざ割って入って、こんな()()を負う必要はなかった。

 そもそも対象に接触を図ることは、許されていないのだ。自分の役割はあくまで、()()の力が極値に達した時の《反転》。達する前に()()が死亡してしまった場合は、次の対象が現れるのを待つだけだ。なのに……

 自分でも訳の分からぬ失態に、歯ぎしりをする。


(くそ。こいつが楽しそうに歌うから……)


 この(むすめ)は四六時中歌っている。陽気な歌、(かな)しい歌。ひとつひとつに(おも)いを、魂を込めて。

 少女が死んでしまったら、もう歌が聴けない。

 そう思ったら自然と身体(からだ)が動いていた。


「……な、なんだお前?」


 ギルティークに傷を負わせた男が、動揺した声を出す。

 突然出てきて、その身で短剣を受け止める男。予想外の出来事に男たちは戸惑い、動きを()めていた。

 硬直からの脱却を待つ義理もない。ギルティークは己の腕に絡めるようにして、男から短剣を奪い取った。(すべ)らかな動作で短剣を引き抜くと、軌跡に合わせて血しぶきが舞った。

 赤いしぶきを見てようやく、男は動揺から脱したようだった。一歩分後ろへと退(しりぞ)き、


「なんなんだてめえは! やるってのか⁉」

「やらねえよ」


 ギルティークはすげなく吐き捨てると、奪った短剣を逆手に持ち直した。同時にダンッと足を打ち鳴らす。それを合図に、男の前で空間がはじけた。

 目をむく男。しかし彼を驚かしたいがための爆発ではない。

 はじけた場所から、赤い煙が空高く打ち上がる。


「な、なんだ⁉ てめえも魔法使いか⁉」


 こちらを凝視しながら、信じられないというように吐き出す男。(あか)しの褐色肌ではないことに、戸惑っているのだろうが。

 ギルティークはそんなことにお構いなく、続けた。


(けい)()(たい)が使用する、緊急煙幕弾と同じものだ。すぐにやつらが飛んでくるぜ」


 ざわつく男たち。


「俺があんたらだったら、(けい)()(たい)に捕まる危険は冒さないね。もっと別の場所で狩りをする」


 彼らにとっては、獲物がパルメリアである必要はない。ここで意地を張ることの無意味さを、ギルティークは強調した。その上で、


「俺はどっちでも構わないけどな。ただ」


 血まみれの左腕を見せつけるように掲げ、上唇をなめる。


「俺は、ちょっとやそっとじゃ死なないぜ」

「くそっ……行くぞお前ら!」


 悪態をつき、男たちが撤退していく。

 それが見せかけではないと分かるまで待ってから、ギルティークは歩きだした。少女に警告の言葉を残し。


「この辺の治安はそう悪くないとはいえ、もっと気をつけるんだな」

「待って! 手当てをしないとっ……」


 パルメリアが追いすがってくるが、ギルティークは歩みを()めない。


「問題ない」

「大ありだよ!」


 なんとしてでも引きとどめたかったのか、パルメリアはつかめるものを、とにかくつかんできた。

 ギルティークの左腕を。

 ずりっと、皮と肉がずれる感覚。もちろん尋常じゃなく痛い。


「ちょ、もげる……」

「きゃっ、ごめんなさい!」


 さすがに立ち止まって左腕をかばうと、パルメリアが慌てて飛びのいた。

 しかし彼女はめげずに、血まみれの両手のひらを見せつけてきた。ギルティークが男たちにしたように。


「でもほらやっぱり、手当てが要るよ! あたしの家近くだから、一緒に行こ」

「いや、あんたにもがれるまでは要らなかった」

「ってことは今は要るんだよね?」

「あんたのせいでな」

「要るんだよね?」

「助けるんじゃなかったほんと助けるんじゃなかった」


 呪文のように繰り返し、ギルティークはため息をついた。


「あたしはパルメリアっていうの。よろしくね」


 ()し勝ったことに満足したのか、パルメリアが自己紹介をする。


(ずっと監視してたんだから、名前なんてとうに知ってるけどな)

「それで、あなたの名前は?」


 聞かれて言葉に詰まる。

 本当は、こうして話すのすら許されない。名乗っていいはずがない。


「教えたくないの?」

「…………」


 沈黙を貫く以外に選択肢はない。


「仕方ないなあ。じゃあ勇者様って呼ぶね」

「ギルティークだ」


 即答すると、パルメリアは満面の笑みを浮かべた。


「じゃあギル君だね」

「ギルく……」

「そう呼ばれるの嫌?」


 純朴なまなざしに見上げられ、


「……別に」


 なんだかもうどうでもよくなった。


◇ ◇ ◇

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