2.安寧のディソナンス① 月夜の晩に、屋根の上で少女は歌う。
◇ ◇ ◇
ずっと繰り返す。
この世界が終われば、新たな世界が始まる。そこになんの疑問も感じなかった。それが与えられた役割だから。
今もまた、対象を見守っている。毎度の仕事だ。なんの感傷も抱かない。
……はずなのに。
月夜の晩に、屋根の上で少女は歌う。
悲痛に、切なげに。
その歌声が心を締めつける。
ギルティークはかぶりを振った。
「俺は……見守るだけだ」
それが自分の役割だ。
首から下げた小さな砂時計。それを握りしめながら、彼は少女の歌に聴き入っていた。
◇ ◇ ◇
今日は快晴だ。こんな日は特に歌いたくなる。
「どうしよう、すっごく気持ちいい!」
パルメリアは足を打ち鳴らす真似をしながら、林道を進んだ。
口を開けば、飛び出てきたのはお気に入りの英雄歌だ。陽気でありながら勇ましい旋律で、勇者が人々を闇から救う。韻に合わせて足を踏み出し、たまに身体を回転させる。
早朝の買い出し。広い広い青空の下、ただ歩くだけじゃもったいない。今この瞬間を楽しまなきゃ損だ。
しかし――
「――?」
前方に立ち塞がる気配に、足が止まる。
林道の、パルメリアの進行方向にあたる地点。そこに、男がひとり立っていた。
こちらをじっと見つめる人相は、どちらかというと悪い部類に入り、要らぬ誤解を招きそうだ。
もっとも軽武装をして剣を握っている時点で、誤解もなにもあったものではないが。
(これは久々の……)
パルメリアの考えを裏づけるかのように、林道脇の木々の間からひとり、またひとりと男たちが現れる。
強盗か、人さらいか。
前方にいる首領格の男が、じりっとにじみ寄る。
パルメリアは反射的に念じた。キュボッと圧縮されるような音とともに、男の眼前の空間がはじける。
「なっ⁉」
目を丸くして顔を背ける男。巻き込まれないように爆発させたのだから、そんな回避行動は不要なのに。
「魔法⁉」
「馬鹿な、褐色肌じゃないぞ⁉ それに詠唱もしてない!」
「塗料かなにかで隠してんだろ!」
案の定、口々に男たちが騒ぎだす。これで退却してくれればいいのだが、
「どうする⁉」
「ちょっとした魔法が使えるとはいえ、女ひとりだ! やっちまえ!」
女ひとりに逃げ出すわけにはいかないと判断したのか、首領格の男が、鼓舞するように拳を突き上げる。
(駄目かぁ……)
頑張れば、拘束して警邏隊に突き出すことも可能かもしれない。が、そもそもパルメリアは、警邏隊に関わるのをあまり好まなかった。
(かといって中途半端にやっつけると、恨み買いそうだしなぁ……よし。あの人たちの自尊心を傷つけない程度に脅かして、その隙に逃げよう)
男たちはパルメリアを包囲し、八方から襲うつもりのようだった。
(あたしを中心に、周囲に向けて空間を爆発させれば)
頭の中に思い描き、それを現実に落とし込もうとした、その時。
林の中から出てきたのか、爆発範囲内に耳長獣が飛び込んでくる。
「あっ」
思わず声が出る。念も解ける。また描くには時間が足りない。
一方で男たちは、時間を有効に使ったようだった。切れ味の良さそうな短剣が、パルメリアの眼前に迫ってきている。どうやら殺して金品を奪う方向性らしい。
(やば……)
死ぬと思った。
死ぬ時は、世の中への恨みつらみを吐きながら逝くと思っていたけれど、意外にもそんな感情は湧き起こらなかった。ただこれが自分の終わりかと、淡泊に思っただけだ。
(あ、でも歌えなくなるのは嫌かなぁ)
だが思っても仕方ない。覚悟を決めて目を閉じる。
衝撃が来た。しかし、刃物が肉をえぐる痛みではない。なにかが身体にぶつかってきたような衝撃だ。
「え?」
目を開ける。
目と鼻の先になにかがあった。いや、
(背中……?)
誰かが守るように、パルメリアの前に立っている。黒いマントでよく見えないが、左腕を掲げ、その身で短剣を受け止めていた。
無防備な腕に食い込む刃。当然ただでは済まないだろう。
驚愕。心配。感謝。混乱。
パルメリアの中に、さまざまな感情が一挙に巡る。
真っ先に脳裏に出てきた思念は、我ながら滑稽な言葉だった。
(勇者……様?)
◇ ◇ ◇




