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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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2.安寧のディソナンス① 月夜の晩に、屋根の上で少女は歌う。

◇ ◇ ◇


 ずっと繰り返す。

 この世界が終われば、新たな世界が始まる。そこになんの疑問も感じなかった。それが与えられた役割だから。

 今もまた、対象を見守っている。毎度の仕事だ。なんの感傷も(いだ)かない。

 ……はずなのに。

 月夜の晩に、屋根の上で少女は歌う。

 悲痛に、切なげに。

 その歌声が心を締めつける。

 ギルティークはかぶりを振った。


「俺は……見守るだけだ」


 それが自分の役割だ。

 首から下げた小さな砂時計。それを握りしめながら、彼は少女の歌に聴き入っていた。


◇ ◇ ◇


 今日は快晴だ。こんな日は特に歌いたくなる。


「どうしよう、すっごく気持ちいい!」


 パルメリアは足を打ち鳴らす()()をしながら、林道を進んだ。

 口を(ひら)けば、飛び出てきたのはお気に入りの英雄歌だ。陽気でありながら勇ましい旋律で、勇者が人々を闇から救う。韻に合わせて足を踏み出し、たまに身体(からだ)を回転させる。

 早朝の買い出し。広い広い青空の下、ただ歩くだけじゃもったいない。今この瞬間を楽しまなきゃ損だ。

 しかし――


「――?」


 前方に立ち塞がる気配に、足が止まる。

 林道の、パルメリアの進行方向にあたる地点。そこに、男がひとり立っていた。

 こちらをじっと見つめる人相は、どちらかというと悪い部類に入り、要らぬ誤解を招きそうだ。

 もっとも軽武装をして剣を握っている時点で、誤解もなにもあったものではないが。


(これは久々の……)


 パルメリアの考えを裏づけるかのように、林道脇の木々の間からひとり、またひとりと男たちが現れる。

 強盗か、人さらいか。

 前方にいる首領格の男が、じりっとにじみ寄る。

 パルメリアは反射的に念じた。キュボッと圧縮されるような音とともに、男の眼前の空間がはじける。


「なっ⁉」


 目を丸くして顔を背ける男。巻き込まれないように爆発させたのだから、そんな回避行動は不要なのに。


「魔法⁉」

「馬鹿な、褐色肌じゃないぞ⁉ それに詠唱もしてない!」

「塗料かなにかで隠してんだろ!」


 案の定、口々に男たちが騒ぎだす。これで退却してくれればいいのだが、


「どうする⁉」

「ちょっとした魔法が使えるとはいえ、女ひとりだ! やっちまえ!」


 女ひとりに逃げ出すわけにはいかないと判断したのか、首領格の男が、鼓舞するように拳を突き上げる。


(駄目かぁ……)


 頑張れば、拘束して(けい)()(たい)に突き出すことも可能かもしれない。が、そもそもパルメリアは、(けい)()(たい)に関わるのをあまり好まなかった。


(かといって中途半端にやっつけると、恨み買いそうだしなぁ……よし。あの人たちの自尊心を傷つけない程度に(おど)かして、その隙に逃げよう)


 男たちはパルメリアを包囲し、八方から襲うつもりのようだった。


(あたしを中心に、周囲に向けて空間を爆発させれば)


 頭の中に思い描き、それを現実に落とし込もうとした、その時。

 林の中から出てきたのか、爆発範囲内に(みみ)(なが)(じゅう)が飛び込んでくる。


「あっ」


 思わず声が出る。念も解ける。また(えが)くには時間が足りない。

 一方で男たちは、時間を有効に使ったようだった。切れ味の良さそうな短剣が、パルメリアの眼前に迫ってきている。どうやら殺して金品を奪う方向性らしい。


(やば……)


 死ぬと思った。

 死ぬ時は、世の中への恨みつらみを吐きながら()くと思っていたけれど、意外にもそんな感情は湧き起こらなかった。ただこれが自分の終わりかと、淡泊に思っただけだ。


(あ、でも歌えなくなるのは嫌かなぁ)


 だが思っても仕方ない。覚悟を決めて目を閉じる。

 衝撃が来た。しかし、刃物が肉をえぐる痛みではない。なにかが身体(からだ)にぶつかってきたような衝撃だ。


「え?」


 目を()ける。

 目と鼻の先になにかがあった。いや、


(背中……?)


 誰かが守るように、パルメリアの前に立っている。黒いマントでよく見えないが、左腕を掲げ、その身で短剣を受け止めていた。

 無防備な腕に食い込む(やいば)。当然ただでは済まないだろう。

 (きょう)(がく)。心配。感謝。混乱。

 パルメリアの中に、さまざまな感情が一挙に巡る。

 真っ先に脳裏に出てきた思念は、我ながら滑稽な言葉だった。


(勇者……様?)


◇ ◇ ◇

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