1.罪障のリフレイン⑨ ……ありがとう。
「彼を奪ったあなたたちが、のうのうとここまで来るなんて」
声に遅れるようにして姿を現したのは、ロザリアだった。茂みをかき分け、つかつかと歩み寄ってくる。採集の最中だったのか、手に小刀と籠を持っていた。
「それは……当たり前じゃないか、あいつは悪魔なんだぞ? 復活でもされたらかなわない。しばらくは毎日交代で、様子を見ようということになったんだ」
男は狼狽しつつも言い返すが、彼女にとっては反論にもならない戯れ言であったらしい。冷たい声で己の要求を突きつける。
「彼を悪魔だなんて言わないで」
「ロザリア、お前もこんな外れじゃなく村まで来い。俺は心配なんだよ。おやじさんにはなにかと世話になった。もしまたお前が悪魔の男に――」
「やめてよ! 彼は悪魔じゃない! 悪魔なんかじゃなかったのにっ! もう帰ってよ!」
ロザリアが悲痛な声で叫ぶ。
男はなおも彼女を気にかける様子を見せていたものの、対処のしようがないと判断したのだろう。再度「俺は心配なんだ」とだけ言い残し去っていった。
テスターは一歩踏み出した。踏まれた小枝が折れる音が、ロザリアの注意を引く。彼女は疾走後のように息を荒らげていたが、こちらを見ると目に不可解の色を浮かべた。
「あなたたちは? 村の人じゃないわよね。どこから来たの? 一応ここは私の家の庭先なんだけど」
テスターとセラは顔を見合わせた。やはりおかしい。
が、ロザリアの方は疑問を持て余すつもりはないようだった。切り替えるように数度まばたきをすると、
「まあ別にいいわ。どうでも」
肩をすくめて小屋へと向かう。
「あの」
セラが困惑顔で呼び止めると、ロザリアはぱっと振り向いた。素早い動きで、小刀の軌跡も見逃しそうだった。
「きゃっ⁉」
突如自分を襲った刃に動じながらも、セラが後ろに跳びすさる。かばうように掲げた右腕を、ひらめく小刀が浅く薙いだ。
体勢を崩したセラに、ロザリアがなおも斬りかかろうとする。
「……っ!」
テスターはセラの左腕を引き、後方へと押しやった。そのまま勢いを利用して、内向きに回し蹴りを放つ。
ロザリアがひるんで後退すればそれでよし。よけ損ねて蹴りを食らっても、それは自業自得ということで諦めてもらう――というはずだったのだが。
彼女はさらに踏み込んできた。
「っ⁉」
蹴り足がロザリアの肩口を捉え、彼女の顔が苦痛にゆがむ。
しかしその時には、ロザリアも手にした小刀を、杭打つようにこちらの太股へと突き刺していた。
テスターは舌打ちして彼女を蹴り飛ばした。
悲鳴を上げて倒れるロザリア。
拘束すべきか迷っていると、背後で重いものが倒れる音がした。
肩越しに振り向くと、セラが地面に倒れていた。意識を失っているようだ。
「セラっ⁉」
慌てて駆け寄ろうとするが、景色がぐらつき足元がおぼつかない。皮肉なことに、太股に走る痛みだけは鮮明だ。
近づいてくる気配に、背後を振り返る。
「……ありがとう」
ロザリアがこちらに歩いてきながら、見覚えのある笑みを向けていた。
小屋の中で見た、熱に浮かされたような微笑みだ。
それを確認したところで、視界が暗転した。
◇ ◇ ◇