1.罪障のリフレイン⑧ 気味が悪い。
◇ ◇ ◇
「テスター君っ⁉」
悲鳴を上げるセラの手を、テスターは反射的に引っぱっていた。
誰がどうして。
それが分からないなら、どれほどの追撃があるかも分からない。
セラを強引に茂みの中に押し入れ、自分もそこに身を潜める。
次いで聞こえてきたのは、草木をかき分けなにかが遠のいていく音。さらなる攻撃はないようだ。
ほとんど這いつくばるようにしてしばし待ち、それ以上はなにも起きないことを確認した後……
ようやくテスターは、自分の痛みに集中できた。セラの頭から左手をどけ、傷ついた右手に目を落とす。
「大丈夫っ?」
セラが解放された頭を上げながら、身を乗り出して聞いてくる。
「まあ、なんとか」
顔をしかめながら、左手でそれに触れる。
右手のひらを、1本の弓矢が貫通していた。粗雑な作りではあるが、矢尻にはちゃんとかえしも付いており、その歪な切っ先からは血が滴っている。
「ったく、誰だよ一体。問答無用に射ってくるなんて、失礼なやつだな……」
軽口をたたきながら、矢柄を握るテスター。
引き抜けば傷口が広がる。テスターは弓矢を折ろうと、握った左手に力を込め――突如として消えた抵抗に肩透かしを食らい、己の手のひらに爪が食い込んだ。
「は……?」
「消え、た……?」
セラとふたり、呆然とつぶやく。
そこにあったはずの――テスターの手のひらを貫通していたはずの矢が、一瞬のうちに存在丸ごとかき消えた。そしてさらに信じられないことに、
「傷が……」
「消えてく……」
手のひらにうがたれた穴が、見る見るうちにふさがっていく。
数秒も経たぬうちに傷は跡形もなく消え去った。流れ出た血だけが冗談のように肌を汚している――かと思えば、その血は意志をもっているかのように動きだし、手の甲で紋様のような形を描いた。そのまま肌に溶け込むようにして乾いてしまう。
「なんなんだ?」
掲げた手の甲をまじまじ見つめるテスターに、セラがおずおずと問いかける。
「大丈夫……なの?」
「ああ、なんか痛みも一緒に消えた。ただ……」
「ただ?」
テスターはひょいと肩をすくめ、
「気味が悪い。これなら穴開いたままの方が、よっぽどマシな気もするな」
周囲の様子をうかがいながら、ゆっくりと立ち上がる。何者かが逃げていった方を向いて目を凝らしていると、気配は反対側からやってきた。
「お前たち、こんな所でなにをしている?」
振り向くとそこには、ミホナ村に向かう途中で出会った男が立っていた。
こちらが返事をするより早く、彼は不可解な顔で続けてくる。
「誰だか知らないが、ここはよそ者が来る所じゃない。昨日、悪魔の男を葬ったばかりなんだ」
男の顔からは、緊張や警戒感が漂っていた。まるで初対面の者に対する反応だ。明らかに、テスターとセラに会ったことを忘れている。
(というか、昨日ってどういうことだ?)
得られた情報では、村人たちが悪魔の男を葬ってから、かなりの日数が経っているはずだった。
セラも疑問に思ったのか、眉をひそめて男に問う。
「悪魔の男って……アルファードさんのことですよね?」
「いや、あいつは……」
男はすかさず否定しようとし、そんな自分をいぶかった。頭に片手を当て、
「……? おかしいな。名前が思い出せない」
「葬ったって、殺したってことですよね? どうしてですか?」
「やつは呪術師だった。村に災いをもたらしたんだ」
それだけは確実だとばかりに、男が断言する。
「自分で名乗ったんですか? 呪術師だと」
「名乗るわけないさ。だけどやつは呪花を栽培してたし、なにより異教徒だ。そこへきて、村では奇怪な事件が相次いで……あいつが原因に決まってるだろう?」
「……そんな決まり方、馬鹿げてる」
「なんだと?」
ほとんど独り言のようなセラの言葉に、男が過敏に反応する。それは取りも直さず、彼自身が、なにか思うところがあるという証左であった。
「なんなんだお前たちは、さっきから。こんな所をうろつかれては目障りだ。部外者は引っ込んで――」
「それは私の台詞よ!」
男が全てを言い終える前に、糾弾にも近い声音で割り込みが入る。