1.罪障のリフレイン⑦ 代わってあげたい?
◇ ◇ ◇
ヘケモケがなんなのかという疑問については、早々に一部がひもとけた。
ロザリアが昼食に出してくれたヘケモケのいぶし焼きは、豚肉に近い味だった。少なくともこの調理法であればおいしいし、もちろん死にもしなかった。
「ごちそ……恵みの感謝を女神様に」
いまだ慣れない食後の挨拶を言い終える。
テスターとセラは、テーブルを挟んで向かいにすわる、ロザリアへと頭を下げた。
「すみません、お世話になりっぱなしで……」
「早いところ出ていくようにはします」
「気にしないで。仕事手伝ってもらって助かってるし、なにより話し相手がいるのは楽しいもの」
ロザリアはくすりと笑い、手にしたカップを口へと運んだ。
「ロザリアさんは……アルファードさんがいなくなってから、ずっとおひとりで?」
セラの探るような目にも、彼女は楽しそうに答える。
「ええ。でも、今も私は信じてる。いつか彼が戻ってきてくれると」
「それを神の石に願ってるんですか? 亡くなった彼を取り戻すために?」
と――ロザリアの笑顔がひび割れた。
明らかに地雷を踏んだセラは、意に介さずにロザリアを見つめ返している。テスターも倣って彼女を見た。
やがて沈黙を破って、ロザリアが口を開いた。黒い感情を隠そうと、苦々しくうめくように。
「村の人が言ったの?」
「はい、そう伺いましたが……」
「あれだけのことをしておいて、よくもぬけぬけと……」
今度ははっきりと憎しみを感じさせる声で、ロザリアが吐き捨てる。
「アルファードは、あの人たちに殺されたのよ……!」
「殺された?」
「ええ。呪術師の疑いをかけられてね」
ロザリアはこちらにうなずき返すと、絞り出すような声で続けた。
「当時村では、ヘケモケの変死が相次ぐなど、不思議な出来事が起きていたの。村人は不安がったわ。こんな辺境だもの。犯人がいるとしたら自分たちの中だって」
「それでアルファードさんが犯人だと? 一体どうして?」
「アルファードは腕のいい薬師だったわ。でも命を助ける薬が作れるということは、奪う知識にだって精通しているということになる……変死したヘケモケは外傷もなく、皆一様に眼球が飛び出していた。まるで毒物でも摂取したようだったと、発見した村人はそう言ったらしいわ」
「……まさかそれだけ?」
「それだけで村人は、彼を犯人だと?」
眉をひそめるセラに、テスターも同調する。
そんなふたりの反応に勢いを得たのか、ロザリアは「そうよ。それだけ。たったのそれだけ!」と憤慨をあらわにした。
「アルファードは街からやって来たの。内気で、自分の意見を外に出せないような人だったから、村人に受け入れてもらうのには苦労してた。でも誠実で、村の人たちとも少しずつ打ち解けてきていたのに……あの人たちは勝手な臆測で、勝手に彼を呪術師に仕立て上げて――いえもし彼が本当に呪術師だったのだとしても、即糾弾につながるのはおかしいわ。呪術師だから悪いやつだなんて……不思議な力がある、すなわち邪悪な異教徒だなんて決めつけ馬鹿げてる。そして最期には、逃げる彼を大勢で……私はあいつらを決して許さない!」
「それは本当に……お気の毒です」
セラがきゅっと拳を握る。引き結んだ口は、静かな怒りを表していた。
ロザリアはそれを見ると感謝するように目を伏せ、
「今でも信じられないの。彼が死んだなんて……彼は死ぬべき人じゃなかった。なにも悪いことをしていないのに」
一拍おいてこちらを見つめる。
「ねえ、ひどいと思わない?」
「……まあそう、ですね」
「代われるものなら、代わってあげたい?」
「え? ええ……」
ロザリアの必死な形相に戸惑いながらも、テスターはうなずいた。すると、
「ありがとう」
彼女は感謝の微笑みを向けてきた。まるで聖者を見るような目であった。
「……?」
その視線に込められた妙な熱量に戸惑うが、聞き返す前にロザリアはかたりと立ち上がった。
「さてと。それじゃあ私は採集の続きに行ってくるわね。悪いけど、食器洗いお願いできるかしら」
「ええ、もちろん」
「任せてください。洗い残しなくピカピカにしておきますから」
「それは頼りになるわ」
必要以上のアピールをするセラに苦笑を返し、ロザリアは出ていった。
ふたりきりになったところで、テスターは伸びをする。
「んじゃま、セラがやる気満々で請け負ったことだし? 俺らも動きますか」
「どうせ私は、無意識でいい子ぶっちゃうレベルの猫かぶりよ」
こちらの含みに過敏に反応し、セラがむすっと立ち上がる。彼女は片づけのため食器を重ねていくが、引っつかんだ皿から勢い余って、ヘケモケの骨が転がり落ちた。
テスターは床に落ちた骨を拾って、積まれた皿の上に置く。
「別に悪いなんて言ってないだろ」
「言っとくけど上っ面を取り繕うって意味なら、テスター君だってどっこいどっこいだからね」
「だから別に責めてないって」
その後は、あーだこーだ言い合いながら食器洗いを済ませ、テスターたちは小屋を出た。まだ草むしりが途中なのだ。
「夜は村に行かなきゃなんないし、さっさと草むしりも終わらせようぜ」
「言われなくても」
それぞれ持ち場に戻り、しゃがみ込もうとした時。
風がうなり、テスターを衝撃が貫いた。
◇ ◇ ◇