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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
311/389

1.罪障のリフレイン⑦ 代わってあげたい?

◇ ◇ ◇


 ヘケモケがなんなのかという疑問については、早々に一部がひもとけた。

 ロザリアが昼食に出してくれたヘケモケのいぶし焼きは、豚肉に近い味だった。少なくともこの調理法であればおいしいし、もちろん死にもしなかった。


「ごちそ……恵みの感謝を女神様に」


 いまだ慣れない食後の挨拶を言い終える。

 テスターとセラは、テーブルを挟んで向かいにすわる、ロザリアへと頭を下げた。


「すみません、お世話になりっぱなしで……」

「早いところ出ていくようにはします」

「気にしないで。仕事手伝ってもらって助かってるし、なにより話し相手がいるのは楽しいもの」


 ロザリアはくすりと笑い、手にしたカップを口へと運んだ。


「ロザリアさんは……アルファードさんがいなくなってから、ずっとおひとりで?」


 セラの探るような目にも、彼女は楽しそうに答える。


「ええ。でも、今も私は信じてる。いつか彼が戻ってきてくれると」

「それを神の石に願ってるんですか? 亡くなった彼を取り戻すために?」


 と――ロザリアの笑顔がひび割れた。

 明らかに地雷を踏んだセラは、意に介さずにロザリアを見つめ返している。テスターも倣って彼女を見た。

 やがて沈黙を破って、ロザリアが口を(ひら)いた。黒い感情を隠そうと、苦々しくうめくように。


「村の人が言ったの?」

「はい、そう伺いましたが……」

「あれだけのことをしておいて、よくもぬけぬけと……」


 今度ははっきりと憎しみを感じさせる声で、ロザリアが吐き捨てる。


「アルファードは、あの人たちに殺されたのよ……!」

「殺された?」

「ええ。呪術師の疑いをかけられてね」


 ロザリアはこちらにうなずき返すと、絞り出すような声で続けた。


「当時村では、ヘケモケの変死が相次ぐなど、不思議な出来事が起きていたの。村人は不安がったわ。こんな辺境だもの。犯人がいるとしたら自分たちの中だって」

「それでアルファードさんが犯人だと? 一体どうして?」

「アルファードは腕のいい薬師だったわ。でも命を助ける薬が作れるということは、奪う知識にだって精通しているということになる……変死したヘケモケは外傷もなく、(みな)一様に眼球が飛び出していた。まるで毒物でも摂取したようだったと、発見した村人はそう言ったらしいわ」

「……まさかそれだけ?」

「それだけで村人は、彼を犯人だと?」


 眉をひそめるセラに、テスターも同調する。

 そんなふたりの反応に勢いを得たのか、ロザリアは「そうよ。それだけ。たったのそれだけ!」と憤慨をあらわにした。


「アルファードは街からやって来たの。内気で、自分の意見を外に出せないような人だったから、村人に受け入れてもらうのには苦労してた。でも誠実で、村の人たちとも少しずつ打ち解けてきていたのに……あの人たちは勝手な臆測で、勝手に彼を呪術師に仕立て上げて――いえもし彼が本当に呪術師だったのだとしても、即糾弾につながるのはおかしいわ。呪術師だから悪いやつだなんて……不思議な力がある、すなわち邪悪な異教徒だなんて決めつけ馬鹿げてる。そして最期には、逃げる彼を大勢で……私はあいつらを決して許さない!」

「それは本当に……お気の毒です」


 セラがきゅっと拳を握る。引き結んだ口は、静かな怒りを表していた。

 ロザリアはそれを見ると感謝するように目を伏せ、


「今でも信じられないの。彼が死んだなんて……彼は死ぬべき人じゃなかった。なにも悪いことをしていないのに」


 一拍おいてこちらを見つめる。


「ねえ、ひどいと思わない?」

「……まあそう、ですね」

「代われるものなら、代わってあげたい?」

「え? ええ……」


 ロザリアの必死な形相に戸惑いながらも、テスターはうなずいた。すると、


「ありがとう」


 彼女は感謝の(ほほ)()みを向けてきた。まるで聖者を見るような目であった。


「……?」


 その視線に込められた妙な熱量に戸惑うが、聞き返す前にロザリアはかたりと立ち上がった。


「さてと。それじゃあ私は採集の続きに行ってくるわね。悪いけど、食器洗いお願いできるかしら」

「ええ、もちろん」

「任せてください。洗い残しなくピカピカにしておきますから」

「それは頼りになるわ」


 必要以上のアピールをするセラに苦笑を返し、ロザリアは出ていった。

 ふたりきりになったところで、テスターは伸びをする。


「んじゃま、セラがやる気満々で請け負ったことだし? 俺らも動きますか」

「どうせ私は、無意識でいい子ぶっちゃうレベルの猫かぶりよ」


 こちらの含みに過敏に反応し、セラがむすっと立ち上がる。彼女は片づけのため食器を重ねていくが、引っつかんだ皿から勢い余って、ヘケモケの骨が転がり落ちた。

 テスターは床に落ちた骨を拾って、積まれた皿の上に置く。


「別に悪いなんて言ってないだろ」

「言っとくけど上っ面を取り繕うって意味なら、テスター君だってどっこいどっこいだからね」

「だから別に責めてないって」


 その後は、あーだこーだ言い合いながら食器洗いを済ませ、テスターたちは小屋を出た。まだ草むしりが途中なのだ。


「夜は村に行かなきゃなんないし、さっさと草むしり(こっち)も終わらせようぜ」

「言われなくても」


 それぞれ持ち場に戻り、しゃがみ込もうとした時。

 風がうなり、テスターを衝撃が貫いた。


◇ ◇ ◇

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