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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
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3.雲下の後悔⑦ でも、もしかしたら……

「お前たちはほんと、愚直に突進してくるよなっ」


 適当に見当をつけて横に転がる。

 案の定、地面から伸びた()(しん)の爪が、リュートが元いた場所を()いだ。勢いを殺せないのか、そのまま()(しん)は突き進む。


 リュートは素早く立ち上がって()(しん)の後を追った。()(けん)を発動させると同時にビーチフラッグのごとく飛び込み、地面から生えた半球に向かって(やいば)を打ち下ろす。

 後頭部から、うまいこと《()》まで達したのだろう。()(しん)の姿が消えていく。幸い《()》は屋上より下で飛散したらしく、今回は(しゃく)(ねつ)の体液を浴びずに済んだ。


 汚さぬ気遣いをする気力もなく、うつぶせのまま()(けん)を解除する。(けん)(しん)からはじけるように、屋上に血の華が咲いた。

 突き立てたままの剣先をずずず、と滑らせながら、リュートは血だまりへと額を押しつけた。

 走り、飛び込み、打ちつけて。もちろん全てが負傷箇所に響いていた。


「……辞めたい。いや、セシル(あいつ)()りたい」


 なんて甘美な響きだろう。


「鬼1匹倒すのに、随分なグダグダっぷりじゃん」


 地面に影が差し、強気な言葉が降りてくる。


「なんだと?」


 ただ顔を上げただけなのだが、強気な声の(ぬし)――(りん)は、ひっと小さく息をのんだ。血だまりに伏せていたため、リュートの額が血まみれであったことが関係しているのかもしれない。


 (りん)は自分の失態をごまかすように、早口でまくし立てる。


「い、いいザマね! 出しゃばるからそうなんのよ。あとさっきのはセクハラだから変態! ってかそもそも山本のやつが……あいつ、次会ったら許さない!」


 言うだけ言って、鼻息荒く(りん)は去っていった。


「変態って……」


 体育館倉庫でのこともあり、()(ぜん)とつぶやく。

 守護騎士(ガーディアン)の仕事が報われないのは分かっている。だが報われない上に変態とくれば、さすがに思うところはあった。


「ちっ」


 舌打ちついでに、口に流れ込んできた血を吐き出す。

 と、


(りゅう)()君っ、大丈夫かい?」


 (りん)が去るまで貯水タンクの後ろに隠れていたのだろう。銀貨がわたわたと駆け寄ってくる。その顔に浮かんでいるのは、後悔の念。


「ごめん……僕が角崎を助けていれば、こんな()()しなかったよね……僕、最悪だ」

「最善の行動は取れなかったかもしれないけど、最悪でもないだろ」


 ふらつきながら立ち上がり、()(けん)を収めて顔の血を拭う。

 一番痛むのはやはり脇腹だった。これくらいならまたすぐ治るだろうが、()(しん)の体液による(あざ)が消えないうちから傷の上塗りとなってしまい、そんな自分の鈍くささ自体にいら立ってしまう。


 小さくなりつつある(りん)の後ろ姿に目をやると、その進行方向に塔屋が見えた。先ほど銀貨が言っていた通り、屋上の封鎖は解けているらしい。

 だったら元来たルートで戻る必要もない。リュートは塔屋に向かおうと(かかと)を上げ、


「僕、角崎を突き飛ばしたんだ」


 背後からかかる言葉に、踏み出しかけた足を()める。


「鬼が(げん)(しゅつ)した時、驚いて、慌ててて……」


 振り返って目が合った銀貨は、リュートが断罪者であるかのように、必死に抗弁してきた。


「もちろん落とすつもりなんてなかった! 偶然……事故だったんだ! ただ、混乱してて……でも」


 言葉を切り、ひくつく両手を見下ろす銀貨。血塗られたものを見るようなまなざしで、


「でも、もしかしたら……角崎を突き飛ばして、落として、鬼を角崎に引きつけて、逃げようとした……のかも」


 ぶつりと途切れる言葉。そして沈黙。


「……悪いけど、状況が分からないからなにも言えない」


 リュートも自分の手を見下ろした。銀貨とは違って、実際に血まみれの手を。

 なんとなくいつも以上に汚らしく感じて、制服の裾で軽く拭った。


「でも、そうだな。憎い相手のために動けなかったことを後悔できるなら……それだけで俺はすごいと思うよ」


 銀貨の肩をぽんとたたき、塔屋へと向かう。一緒に戻ろうと促しはしなかった。

 校舎内に戻り、屋上へと続く階段の一番下。しばらくそこで時間を潰し――屋上扉が(ひら)く音を確認してから、リュートはひとり、その場を後にした。


◇ ◇ ◇

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