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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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1.罪障のリフレイン⑤ ミホナ村

◇ ◇ ◇


 ミホナ村は想像していたよりも、しっかりとした集落のようだった。

 村を貫く一本道に沿うようにして、木造の家々が立ち並んでいる。畑等は家の裏手にあるようで、それに合わせて簡易的な水路が引かれているようだった。


 特に目を引いたのは、多くの家の軒先につるされている、紋様の施された織物だった。家紋のようには見えないため、ミホナ村の特産物かなにかなのかもしれない。

 訪れたタイミングが悪かったらしく、表道には村人の姿がほとんど見受けられなかった。いたとしてもせわしなく動いており、あまり声をかけられる雰囲気でもない。


 さらには、こちらに気づいた数少ない村人は、テスターたちの(この世界基準での)風変わりな格好に首をかしげても、話しかけてはこなかった。むしろ、どちらかといえば迷惑そうな目で(けん)(せい)すらしてくる。

 道を進みながら、セラが困ったように口を(ひら)く。


「取りあえず、人が集まりそうな所に行ってみる?」

「そうだなあ……」


 結局先ほどの男は、リュートとアスラについてなにも知らなかった。できればもっと数をこなしたいところだ。

 テスターはざっと先まで目を通し、


「……この時間帯だとあまり期待できないけど、やっぱ定番なのは――」


 奥に構えている大きめの小屋を指さした。


「酒場や食堂だよな」


 この角度からでは読みづらいが、小屋に掲げられた大きな看板には、食堂という文字が躍っている。


「そうね。店なら店主が、また聞きで情報を得ている可能性もあるし」


 セラからも特に異論は出なかった――というよりそもそもの選択肢が少ないのだが――ので、テスターは食堂へと歩を進めた。

 『集いの食堂:チェビスの水』は食堂というだけあって、建物の造りは他よりも大きくしっかりとしているようだった。壁際に並ぶ幾つもの(たる)は、恐らく貯水用だろう。軒先の織物はそれ自体がメニューになっているようで、料理名と価格が縫いつけられていた。

 店の前に立ってそのメニューを見上げながら、テスターは白状した。


「たぶんこんなこと考えてる場合じゃないんだろうけど、俺今『命知らずへの挑戦~ヘケモケ(吸血ドラゴの粉砕骨あえ)の躍り食い~死ななければ800レンリン』ってワードの連なりに、すごく心をかき乱されてる」


 同じくメニューを見上げていたセラが、隣で感情なく返してくる。


「ヘケモケに? 粉砕骨あえに? それとも躍り食い?」

「なんかもう全体的に。よく分からないけど、あれたぶんおおむね死ぬよな」

「まあ割と死ぬんじゃない? よく分からないけど」


 セラとよく分からない気持ちを共有してから、テスターは木製の引き戸をがたがたと()けた。


「導きに感謝」


 足を踏み入れる前に、店の奥から声が届く。

 一瞬驚いたが、タイミング的に『いらっしゃい』的なものなのだろうと適当に納得し、テスターは店内へと入った。

 狭苦しく置かれたテーブルの間を進み、セラとともに簡易的なカウンター席へと着く。カウンターを挟んで向かいでは、店主夫妻であろう若い男女が、洗い(おけ)に浸した食器を洗っていた。


「珍しいな。この村に旅人なんて」

「すみません。俺たち実は、人を捜してまして」


 注文は? と聞かれる前に、テスターは単刀直入に切り出した。

 夫妻はすぐにテスターたちが注文をする気がない――ないしはできない――ことを察しただろうが、


「特徴は?」


 と、邪険にもせず促してくれた。

 そのことに胸中で感謝し、テスターはリュートとアスラの特徴を並べ上げた。

 結果のほどは……


「いや、見てないな」


 夫妻は申し訳なさそうに、首を横に振った。


「あなたたちみたいな珍しい格好をしてるなら、見れば記憶に残ってるはずだけど……全く記憶にないわ。お客さんからも聞いてないわね」

「そうですか……」


 テスターはカウンターから身を離し、椅子に深く座り直した。

 答えは半ば予想していたものだったので、さほど落胆はしなかった。歓迎できるものでもなかったが。


(できればもっと聞き込みたいんだけどなぁ)


 朝食のピーク時を過ぎたからなのか、元々()()っていないのか、テスターとセラの他に客はいない(厳密には自分たちも客ではないため、実質客はゼロということだ)。

 店主夫妻が、注文ひとつしないテスターらに丁寧な対応をしてくれる理由も、そのあたりにあるのだろう。もちろん一番は、人柄(ゆえ)なのだろうが。


(本格的な聞き込みの前に、金銭的な()()も立てなきゃいけないな)


 文無しの後ろ暗さを感じつつも、夫妻の人柄に甘えてテスターは質問を重ねた。


「そういえば、小耳に挟んだのですが――ここには以前、悪魔の男がいたとか」


 悪魔の男と聞いて、夫妻の表情がすっと変わった。

 洗い終えた食器を夫から受け取りながら、妻が悲しげに眉をひそめる。


「アルファードのことね」

「悪魔って……つまり異教徒だったってことですか?」


 隣でセラがもう一歩踏み込む。


「ああ」


 多少そっけなく、店主。


「実は私たち、異教徒についてよく知らないんです。故郷には女神様の信徒しかいなかったので」

「まあ、そうなの?」


 店主の妻が目を見開く。異教徒について知らないことは、信じがたいことらしい。

 夫妻の様子にいけると踏んだのか、セラがわずかに身を乗り出した。あくまで自衛のための知識を欲する者として。


「でも知らないというのも危険なので……よければ異教徒について、教えていただけませんか?」

「そうね。これからも方々のまちで人捜しをするのなら、知っておいた方がいいわ」

「異教徒というのは、(そう)(しん)教徒――(いびつ)(がみ)(あが)めるやつらのことさ」

(いびつ)(がみ)?」


 セラとふたり、顔を見合わせる。

 そういった存在は見聞きしたことがない。つまりはこの精錬世界のみで言及されている神なのだろうが……


「それは私たちが使う呼び名で、彼らは(しん)(じん)と呼んでいるわ。彼らがいうには、女神様はただの代弁者で、本当に世界を統べるのが(しん)(じん)だと」

「馬鹿馬鹿しい」


 まるで妻がその異教徒であるかのように、店主が吐き出す。

 多少乱暴な物言いでも芯には温かさが感じられる店主であったが、(そう)(しん)教徒には思うところがあるのか、やたらとげとげしさを前面に押し出していた。


「世界には女神様の(そく)(せき)が至る所に刻まれているというのに。あいつらは『それこそが代弁者たる(あか)しで、存在の痕跡もない(しん)(じん)が真なる(あるじ)』だとぬかす。存在を否定し得ない可能性の中でしか語れない、ゆがんだ神を(あが)めてやがる。そして時折、不可解な事件を起こす。至極迷惑なやつらだよ」


 感情が乱れて店主の手元が狂ったのか、陶器のぶつかる音が耳に届く。

 妻はなだめるように店主の肩をたたくと、食器棚を整理しながら言葉を引き継いだ。


(そう)(しん)教徒は絶対数が少ないから、あちらこちらで潜むようにして暮らしてるわ。もしかしたら気づかれてないだけで、あなたたちの故郷にもいたかもしれないわね」

「不可解な事件っておっしゃってましたけど……もしかして、アルファードさんも?」

「異教徒だからといって、必ず暴力的な事件を起こすわけではないけれど……そうね、彼の場合は……」

「とにかく、異教徒の中には危険なやつもいるってことさ。気をつけることだな」


 なにか言いたそうな妻の言葉を、店主が強引に終わらせる。店主はひどく怒っているようだった。抑えが利かなくなるほどに。

 それ以上には聞けそうもなく、テスターとセラは口をつぐんだ。


◇ ◇ ◇

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