1.罪障のリフレイン⑤ ミホナ村
◇ ◇ ◇
ミホナ村は想像していたよりも、しっかりとした集落のようだった。
村を貫く一本道に沿うようにして、木造の家々が立ち並んでいる。畑等は家の裏手にあるようで、それに合わせて簡易的な水路が引かれているようだった。
特に目を引いたのは、多くの家の軒先につるされている、紋様の施された織物だった。家紋のようには見えないため、ミホナ村の特産物かなにかなのかもしれない。
訪れたタイミングが悪かったらしく、表道には村人の姿がほとんど見受けられなかった。いたとしてもせわしなく動いており、あまり声をかけられる雰囲気でもない。
さらには、こちらに気づいた数少ない村人は、テスターたちの(この世界基準での)風変わりな格好に首をかしげても、話しかけてはこなかった。むしろ、どちらかといえば迷惑そうな目で牽制すらしてくる。
道を進みながら、セラが困ったように口を開く。
「取りあえず、人が集まりそうな所に行ってみる?」
「そうだなあ……」
結局先ほどの男は、リュートとアスラについてなにも知らなかった。できればもっと数をこなしたいところだ。
テスターはざっと先まで目を通し、
「……この時間帯だとあまり期待できないけど、やっぱ定番なのは――」
奥に構えている大きめの小屋を指さした。
「酒場や食堂だよな」
この角度からでは読みづらいが、小屋に掲げられた大きな看板には、食堂という文字が躍っている。
「そうね。店なら店主が、また聞きで情報を得ている可能性もあるし」
セラからも特に異論は出なかった――というよりそもそもの選択肢が少ないのだが――ので、テスターは食堂へと歩を進めた。
『集いの食堂:チェビスの水』は食堂というだけあって、建物の造りは他よりも大きくしっかりとしているようだった。壁際に並ぶ幾つもの樽は、恐らく貯水用だろう。軒先の織物はそれ自体がメニューになっているようで、料理名と価格が縫いつけられていた。
店の前に立ってそのメニューを見上げながら、テスターは白状した。
「たぶんこんなこと考えてる場合じゃないんだろうけど、俺今『命知らずへの挑戦~ヘケモケ(吸血ドラゴの粉砕骨あえ)の躍り食い~死ななければ800レンリン』ってワードの連なりに、すごく心をかき乱されてる」
同じくメニューを見上げていたセラが、隣で感情なく返してくる。
「ヘケモケに? 粉砕骨あえに? それとも躍り食い?」
「なんかもう全体的に。よく分からないけど、あれたぶんおおむね死ぬよな」
「まあ割と死ぬんじゃない? よく分からないけど」
セラとよく分からない気持ちを共有してから、テスターは木製の引き戸をがたがたと開けた。
「導きに感謝」
足を踏み入れる前に、店の奥から声が届く。
一瞬驚いたが、タイミング的に『いらっしゃい』的なものなのだろうと適当に納得し、テスターは店内へと入った。
狭苦しく置かれたテーブルの間を進み、セラとともに簡易的なカウンター席へと着く。カウンターを挟んで向かいでは、店主夫妻であろう若い男女が、洗い桶に浸した食器を洗っていた。
「珍しいな。この村に旅人なんて」
「すみません。俺たち実は、人を捜してまして」
注文は? と聞かれる前に、テスターは単刀直入に切り出した。
夫妻はすぐにテスターたちが注文をする気がない――ないしはできない――ことを察しただろうが、
「特徴は?」
と、邪険にもせず促してくれた。
そのことに胸中で感謝し、テスターはリュートとアスラの特徴を並べ上げた。
結果のほどは……
「いや、見てないな」
夫妻は申し訳なさそうに、首を横に振った。
「あなたたちみたいな珍しい格好をしてるなら、見れば記憶に残ってるはずだけど……全く記憶にないわ。お客さんからも聞いてないわね」
「そうですか……」
テスターはカウンターから身を離し、椅子に深く座り直した。
答えは半ば予想していたものだったので、さほど落胆はしなかった。歓迎できるものでもなかったが。
(できればもっと聞き込みたいんだけどなぁ)
朝食のピーク時を過ぎたからなのか、元々流行っていないのか、テスターとセラの他に客はいない(厳密には自分たちも客ではないため、実質客はゼロということだ)。
店主夫妻が、注文ひとつしないテスターらに丁寧な対応をしてくれる理由も、そのあたりにあるのだろう。もちろん一番は、人柄故なのだろうが。
(本格的な聞き込みの前に、金銭的な目処も立てなきゃいけないな)
文無しの後ろ暗さを感じつつも、夫妻の人柄に甘えてテスターは質問を重ねた。
「そういえば、小耳に挟んだのですが――ここには以前、悪魔の男がいたとか」
悪魔の男と聞いて、夫妻の表情がすっと変わった。
洗い終えた食器を夫から受け取りながら、妻が悲しげに眉をひそめる。
「アルファードのことね」
「悪魔って……つまり異教徒だったってことですか?」
隣でセラがもう一歩踏み込む。
「ああ」
多少そっけなく、店主。
「実は私たち、異教徒についてよく知らないんです。故郷には女神様の信徒しかいなかったので」
「まあ、そうなの?」
店主の妻が目を見開く。異教徒について知らないことは、信じがたいことらしい。
夫妻の様子にいけると踏んだのか、セラがわずかに身を乗り出した。あくまで自衛のための知識を欲する者として。
「でも知らないというのも危険なので……よければ異教徒について、教えていただけませんか?」
「そうね。これからも方々のまちで人捜しをするのなら、知っておいた方がいいわ」
「異教徒というのは、創真教徒――歪神を崇めるやつらのことさ」
「歪神?」
セラとふたり、顔を見合わせる。
そういった存在は見聞きしたことがない。つまりはこの精錬世界のみで言及されている神なのだろうが……
「それは私たちが使う呼び名で、彼らは真神と呼んでいるわ。彼らがいうには、女神様はただの代弁者で、本当に世界を統べるのが真神だと」
「馬鹿馬鹿しい」
まるで妻がその異教徒であるかのように、店主が吐き出す。
多少乱暴な物言いでも芯には温かさが感じられる店主であったが、創真教徒には思うところがあるのか、やたらとげとげしさを前面に押し出していた。
「世界には女神様の足跡が至る所に刻まれているというのに。あいつらは『それこそが代弁者たる証しで、存在の痕跡もない真神が真なる主』だとぬかす。存在を否定し得ない可能性の中でしか語れない、ゆがんだ神を崇めてやがる。そして時折、不可解な事件を起こす。至極迷惑なやつらだよ」
感情が乱れて店主の手元が狂ったのか、陶器のぶつかる音が耳に届く。
妻はなだめるように店主の肩をたたくと、食器棚を整理しながら言葉を引き継いだ。
「創真教徒は絶対数が少ないから、あちらこちらで潜むようにして暮らしてるわ。もしかしたら気づかれてないだけで、あなたたちの故郷にもいたかもしれないわね」
「不可解な事件っておっしゃってましたけど……もしかして、アルファードさんも?」
「異教徒だからといって、必ず暴力的な事件を起こすわけではないけれど……そうね、彼の場合は……」
「とにかく、異教徒の中には危険なやつもいるってことさ。気をつけることだな」
なにか言いたそうな妻の言葉を、店主が強引に終わらせる。店主はひどく怒っているようだった。抑えが利かなくなるほどに。
それ以上には聞けそうもなく、テスターとセラは口をつぐんだ。
◇ ◇ ◇