1.罪障のリフレイン④ 哀れな女さ。
◇ ◇ ◇
「夢じゃないのねー」
「夢だったらよかったのにな」
草木に挟まれた小道を行きながら、ふたりして嘆く。
ロザリアの厚意に遠慮なく甘えて、一夜を明かした後。
目が覚めたのが寮室ではなく簡素な山小屋であることに、テスターは思っていた以上の落胆を覚えた。状況は早々に受け入れたつもりだったが、やはり心理的なダメージはごまかせないようだ。
朝食を振る舞ってくれた上に、今夜の宿まで提供すると言ってくれたロザリアには、どこまで頭を下げればいいのかも分からない。
取りあえずは昨夜の予定通り、今はセラとふたりで村へと向かっている。緩やかな傾斜の先に、木造の家々が立ち並んでいるのがここからでも見える。
隣を行く彼女は憂鬱そうにため息をついた。
「もしこのままお兄ちゃんたちと合流できなくて、箱庭世界にも帰れなかったら……どうすればいいのかしら」
テスターはそんな彼女を横目で見やると、
「その時は諦めて、こっちの世界でなんとかやっていくしかないんじゃないか? まあリュートとは腐れ縁が続きそうな気がしてたから、いっそのこと、ここらでスパッと断ち切ってもいいのかもなー」
頭の後ろで手を組み、かははと笑う。
セラは鼻を鳴らすようにして笑った。
「よく言う。本当は心配で仕方ないくせに」
「そんなことないさ。腐れ縁は早いとこ切らないと、ほんとズブズブ続くからな」
「口先だけで生きてると、いつか後悔することになるわよ」
「肝に銘じておくよ」
テスターは軽く流して、前を向いた。
ふと気づけば、ただの小道はあぜ道へと変わっていた。
道の左右には収穫時期を迎えた稲穂――またはそれに近いなんらかの作物――がひしめくようにして並び、風に穂を揺らしてささやき合っている。
と、前方から、わさわさとした音が耳に届く。風よりももっと強い作用により、穂が擦れる音だ。
目を向けると、黄色い絨毯に埋もれるようにして、男がひとり立っていた。腰をかがめて、どうやら作物の手入れをしているらしい。
こちらが近づく気配に気づいて、男が振り向く。
彼は少し驚いたように目を開くと、テスターたちをまじまじと見つめた。
「あんたら見かけない顔だな」
そしてテスターらが歩いてきた方向にちらりと目をやり、続ける。
「ロザリアの親戚か?」
「いえ。ただ昨日、困っていたところを助けていただいて――」
「哀れな女さ。悪魔の男に魅入られて」
答えるセラの言葉が終わらぬうちに、吐き捨てるように男が言う。
その顔があまりに嫌悪感に満ちていたので、考えるよりも先に、口からつい質問が飛び出た。
「悪魔って……もしかしてアルファードという方のことですか?」
「聞いたのか?」
探るような目。まるでテスターたちがどちら側にいるのか、慎重に見極めようとでもするかのような。
「少しだけ。詳しくは存じ上げませんが、なんでも彼は『行ってしまった』とか」
当たり障りのない返答の中に問いを含ませ、男の様子をうかがうテスター。
「そうさ、もういない」
男は検討の結果、テスターを自分たちの側だと判断したらしい。情報の止め板を外したかのように、突然饒舌になった。
「あいつは死んだ。もういないのに――いや、だからか。ロザリアは今でも神の石に祈っている。あの悪魔のせいで、ロザリアはずっと前に進めていない」
「神の石?」
思わず聞き返してから、失敗したと気づく。男の顔には、知っているべきことを知らない者への戸惑いと、わずかなおびえがにじんでいた。
「あんたらまさか、異教徒かっ?」
「あ、いえ。ただ俺は日頃から、あまり敬虔な行いをしてないので、正直耳が痛くて」
「右に同じです」
この世界の社会通念はまだ分からないが、『異教徒』とやらに分類されるのは、恐らく好ましい事態ではない。
それだけはなんとか察し、テスターはセラとふたりで適当に取り繕った。
男は大袈裟なくらいほっと息をつくと、
「そうか。まあ気にすることないさ。心の片隅で女神様を想っていれば、加護はきちんと授けていただける。どこぞの神と違って、女神様は寛大だからな」
言いながら、右手の人さし指と中指で、左胸を斜めになでる。
それがこの世界における、忠誠の所作なのだろう。
見よう見真似でテスターも倣い、ふと隣のセラに目がいく。
彼女は所作を真似ながら、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
(ああそうか)
合点がいって苦笑する。
(寛大な女神様なんて、彼女にはたちの悪い冗談だよな)
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