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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
308/389

1.罪障のリフレイン④ 哀れな女さ。

◇ ◇ ◇


「夢じゃないのねー」

「夢だったらよかったのにな」


 草木に挟まれた小道を行きながら、ふたりして嘆く。

 ロザリアの厚意に遠慮なく甘えて、一夜を明かした後。

 目が覚めたのが寮室ではなく簡素な山小屋であることに、テスターは思っていた以上の落胆を覚えた。状況は早々に受け入れたつもりだったが、やはり心理的なダメージはごまかせないようだ。

 朝食を振る舞ってくれた上に、今夜の宿まで提供すると言ってくれたロザリアには、どこまで頭を下げればいいのかも分からない。

 取りあえずは昨夜の予定通り、今はセラとふたりで村へと向かっている。緩やかな傾斜の先に、木造の家々が立ち並んでいるのがここからでも見える。

 隣を行く彼女は(ゆう)(うつ)そうにため息をついた。


「もしこのままお兄ちゃんたちと合流できなくて、箱庭世界にも帰れなかったら……どうすればいいのかしら」


 テスターはそんな彼女を横目で見やると、


「その時は諦めて、こっちの世界でなんとかやっていくしかないんじゃないか? まあリュートとは腐れ縁が続きそうな気がしてたから、いっそのこと、ここらでスパッと断ち切ってもいいのかもなー」


 頭の後ろで手を組み、かははと笑う。

 セラは鼻を鳴らすようにして笑った。


「よく言う。本当は心配で仕方ないくせに」

「そんなことないさ。腐れ縁は早いとこ切らないと、ほんとズブズブ続くからな」

「口先だけで生きてると、いつか後悔することになるわよ」

「肝に銘じておくよ」


 テスターは軽く流して、前を向いた。

 ふと気づけば、ただの小道はあぜ道へと変わっていた。

 道の左右には収穫時期を迎えた稲穂――またはそれに近いなんらかの作物――がひしめくようにして並び、風に穂を揺らしてささやき合っている。

 と、前方から、わさわさとした音が耳に届く。風よりももっと強い作用により、穂が擦れる音だ。

 目を向けると、黄色い(じゅう)(たん)に埋もれるようにして、男がひとり立っていた。腰をかがめて、どうやら作物の手入れをしているらしい。

 こちらが近づく気配に気づいて、男が振り向く。

 彼は少し驚いたように目を(ひら)くと、テスターたちをまじまじと見つめた。


「あんたら見かけない顔だな」


 そしてテスターらが歩いてきた方向にちらりと目をやり、続ける。


「ロザリアの親戚か?」

「いえ。ただ昨日(きのう)、困っていたところを助けていただいて――」

「哀れな女さ。悪魔の男に魅入られて」


 答えるセラの言葉が終わらぬうちに、吐き捨てるように男が言う。

 その顔があまりに嫌悪感に満ちていたので、考えるよりも先に、口からつい質問が飛び出た。


「悪魔って……もしかしてアルファードという方のことですか?」

「聞いたのか?」


 探るような目。まるでテスターたちが()()()()にいるのか、慎重に見極めようとでもするかのような。


「少しだけ。詳しくは存じ上げませんが、なんでも彼は『行ってしまった』とか」


 当たり障りのない返答の中に問いを含ませ、男の様子をうかがうテスター。


「そうさ、もういない」


 男は検討の結果、テスターを自分たちの側だと判断したらしい。情報の止め板を外したかのように、突然(じょう)(ぜつ)になった。


「あいつは死んだ。もういないのに――いや、だからか。ロザリアは今でも神の石に祈っている。あの悪魔のせいで、ロザリアはずっと前に進めていない」

「神の石?」


 思わず聞き返してから、失敗したと気づく。男の顔には、知っているべきことを知らない者への戸惑いと、わずかなおびえがにじんでいた。


「あんたらまさか、異教徒かっ?」

「あ、いえ。ただ俺は日頃から、あまり(けい)(けん)な行いをしてないので、正直耳が痛くて」

「右に同じです」


 この世界の社会通念はまだ分からないが、『異教徒』とやらに分類されるのは、恐らく好ましい事態ではない。

 それだけはなんとか察し、テスターはセラとふたりで適当に取り繕った。

 男は(おお)()()なくらいほっと息をつくと、


「そうか。まあ気にすることないさ。心の片隅で女神様を(おも)っていれば、加護はきちんと授けていただける。どこぞの神と違って、女神様は寛大だからな」


 言いながら、右手の人さし指と中指で、左胸を斜めになでる。

 それがこの世界における、忠誠の所作なのだろう。

 見よう()()()でテスターも倣い、ふと隣のセラに目がいく。

 彼女は所作を()()ながら、苦虫を()(つぶ)したような顔をしていた。


(ああそうか)


 合点がいって苦笑する。


()()()女神様なんて、彼女にはたちの悪い冗談だよな)


◇ ◇ ◇

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