1.罪障のリフレイン③ お約束なこともなく
◇ ◇ ◇
湖畔そばの山小屋に、彼女――ロザリアは住んでいた。
「今お茶を入れてくるから。楽にしててね」
「ありがとうございます」
仕切り壁の奥に消えていく背中に声を返すと、テスターはくるりと反転し、木製の長椅子に腰掛けた。そのまま右隣のセラに、日本語で話しかける。
「セラ、どう思う?」
セラは答えることなく、逆に質問を返してきた。念押しするように、
「それはこの意味不明な現状が、放浪石に起因するものなのか……ということを聞きたいわけ?」
「ってことはつまり、君もそう思ってるんだな?」
問うとセラはついと視線をそらし、漠然と虚空を見つめた。
「……放浪石は、渡元時を除けばただの石と同じよ。堕神に対して物理的接触を図れるわけでもない。ただ……」
考えを整理しているのか、セラはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「解明の終わっていない、まだまだ未知の鉱石よ。通常の堕神に対してなんの反応も起こさなかったとしても、特殊な堕神にまで同じだとは限らない」
「……アスラか」
自然、顔がこわばる。
未知というなら、堕神の集合体であるアスラは、存在自体が未知数だ。彼女への対処を保留することが、神僕側の利益となるか不利益となるかは、半ば賭けに近い。
今回は、あまりよろしくない結果へとつながってしまったようだ。
「放浪石やアスラの力でここにいるとして、ここは一体どこなんだ? 大陸ってユーラシアか? それともアメリカ? アフリカ?」
思ってもいないことを口に出すテスター。ここがそういった大陸でないことは、すでに察しがついていた。しかし認めたくない事実というものは、ある。
セラはその事実を、容赦なく突きつけてきた。
「始語がこの世界の共通言語なら、つまりはそういう世界ってことでしょうね」
「――つまりはここは精錬世界?」
「いくつめの世界なのかは分からないけれど……いえもしかしたら、自律指向型記憶次元っていう可能性もあるわね」
いずれにしろ八方塞がりである。
テスターは額に手を当て、がっくりと下を向いた。
「それ本当だとしたら、俺らマジでやばい状況だぜ」
「だからこうして焦ってるんじゃない」
指先で、もう片方の手の甲をトントンとたたくセラ。だいぶ冷静に見えたが、彼女なりに焦っていたらしい。
「でも、あり得るのかしら? 時間と次元を超えるなんて」
苦虫を嚙み潰したような顔で、セラがつぶやく。それはテスターも同感だった。
(精錬世界に自律指向型記憶次元だって? 神話・伝説レベルの話じゃないか)
かつて自分と同等の仲間を創るため、女神が管理していた世界。
世界は何度も生まれ変わり、新たな世界が創始されるたび、世界の住人は、不思議な力をその身に蓄えていったという。いずれ女神と対等な仲間へと転化するべく。
(結局はそれが堕神へと堕ちてしまうんだから、失敗というにはあまりにも規模が大き過ぎるよな)
神僕として口に出すも恐ろしいことを考えながら、テスターは顔を上げた。
「とにかくだ。もしリュートたちが、この世界にいるのなら捜さないと」
「お待たせー」
カップの並んだお盆を手に、ロザリアがやってくる。
結い上げられた髪は、戸外では判別できなかったが、艶のある金髪だ。頼りない蠟燭の明かりの中でも、きらめきを放っている。それは隠しきれない疲れのにじんだ顔に対して、あまりにも皮肉な輝きだった。
彼女はカップを3つテーブルの上に並べると、テスターたちの向かいに腰を下ろした。
「ケッコナ草のお茶よ。どーぞ」
「ありがとうございます」
慣れない始語を使いながら、ふたりして湯気の立つカップ――ざらざらした質感の陶器だ――を手に取り、液体を口に含む。
途端、表現するもおぞましい味が口中に広がり――といったお約束なこともなく、テスターはおいしく液体を飲み干した。しょうが湯に似た味だ。
身体も温まったところで、情報を得るため口を開く。
「ところでロザリアさん。俺たち人を捜してるんですが。黒髪の少年に、銀髪の少女。それぞれ俺やセラと同じ格好をしています。どこかで見かけませんでしたか?」
ロザリアはカップを1口すすると、さらに一拍置いた後、
「いえ、そういった子たちは見てないわ」
申し訳なそうに首を振った。あでやかな後れ毛が力なく揺れる。
途方もなく美しい顔立ちなのに、疲弊している印象が全てを上塗りしてしまう。そんな女性だった。
ロザリアはカップを置くと、遠いまなざしでいずこかを見た。
「そう……みんな、誰かを探してるのね」
テスターは困ってセラを向いた。目が合ったセラも、同様な気持ちを抱えているようだ。
ふたりの思念は通じ合う。
――聞いてほしがってる。彼女、めっちゃ聞いてほしがってる。
テスターは空気を読んで、ロザリアを促した。
「ロザリアさんは、アルファードさんを?」
「ええ」
ロザリアが、重々しくうなずく。悲しみに暮れた目で、
「彼とは将来を誓い合って、幸せに暮らすはずだった。なのに彼は行ってしまった」
説明が漠然とし過ぎていて、どう返せばいいのかも分からない。
「それは……」
「……お察しします」
無難に返すと、ロザリアが「そういえば」と後を続けた。
「見つけたわ。あなたと彼の共通点」
「え?」
「外では分からなかったけど……その髪色。彼も鮮やかな橙髪だったわ」
「そうですか」
いとおしげに髪を見つめられて決まり悪くなり、テスターは目をそらした。
「どうするテスター君。他の村人にも聞いてみる?」
「その方がいいかもね」
セラの提案にこちらが答えるよりも先に、ロザリアが賛同する。
「この辺りは村外れで人も少ないから、明日村の中心部へ行ってみるといいわ。今日のところは、よければ泊まっていって。ちょっと手狭だけど」
「ありがとうございます」
「なにからなにまで助かります」
礼を言いながら、テスターは少し気になっていた。
村人の話が出た途端、ロザリアの表情が硬くなったことが。
◇ ◇ ◇