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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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1.罪障のリフレイン③ お約束なこともなく

◇ ◇ ◇


 湖畔そばの山小屋に、彼女――ロザリアは住んでいた。


「今お茶を入れてくるから。楽にしててね」

「ありがとうございます」


 仕切り壁の奥に消えていく背中に声を返すと、テスターはくるりと反転し、木製の長椅子に腰掛けた。そのまま右隣のセラに、日本語で話しかける。


「セラ、どう思う?」


 セラは答えることなく、逆に質問を返してきた。念押しするように、


「それはこの意味不明な現状が、(ほう)(ろう)(せき)に起因するものなのか……ということを聞きたいわけ?」

「ってことはつまり、君もそう思ってるんだな?」


 問うとセラはついと視線をそらし、漠然と虚空を見つめた。


「……(ほう)(ろう)(せき)は、()(げん)時を除けばただの石と同じよ。()(しん)に対して物理的接触を図れるわけでもない。ただ……」


 考えを整理しているのか、セラはゆっくりと言葉を紡いでいく。


「解明の終わっていない、まだまだ未知の鉱石よ。通常の()(しん)に対してなんの反応も起こさなかったとしても、特殊な()(しん)にまで同じだとは限らない」

「……アスラか」


 自然、顔がこわばる。

 未知というなら、()(しん)の集合体であるアスラは、存在自体が未知数だ。彼女への対処を保留することが、神僕側(こちら)の利益となるか不利益となるかは、半ば賭けに近い。

 今回は、あまりよろしくない結果へとつながってしまったようだ。


(ほう)(ろう)(せき)やアスラの力でここにいるとして、ここは一体どこなんだ? 大陸ってユーラシアか? それともアメリカ? アフリカ?」


 思ってもいないことを口に出すテスター。ここがそういった大陸でないことは、すでに察しがついていた。しかし認めたくない事実というものは、ある。

 セラはその事実を、容赦なく突きつけてきた。


()()がこの世界の共通言語なら、つまりはそういう世界ってことでしょうね」

「――つまりはここは精錬世界?」

()()()()()世界なのかは分からないけれど……いえもしかしたら、自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)っていう可能性もあるわね」


 いずれにしろ八方塞がりである。

 テスターは額に手を当て、がっくりと下を向いた。


「それ本当だとしたら、俺らマジでやばい状況だぜ」

「だからこうして焦ってるんじゃない」


 指先で、もう片方の手の甲をトントンとたたくセラ。だいぶ冷静に見えたが、彼女なりに焦っていたらしい。


「でも、あり得るのかしら? 時間と次元を超えるなんて」


 苦虫を()(つぶ)したような顔で、セラがつぶやく。それはテスターも同感だった。


(精錬世界に自律指向型記憶次元(メモリー・サーキット)だって? 神話・伝説レベルの話じゃないか)


 かつて自分と同等の仲間を創るため、女神が管理していた世界。

 世界は何度も生まれ変わり、新たな世界が創始されるたび、世界の住人は、不思議な力をその身に蓄えていったという。いずれ女神と対等な仲間へと転化するべく。


(結局はそれが()(しん)へと()ちてしまうんだから、失敗というにはあまりにも規模が大き過ぎるよな)


 (しん)(ぼく)として口に出すも恐ろしいことを考えながら、テスターは顔を上げた。


「とにかくだ。もしリュートたちが、この世界にいるのなら捜さないと」

「お待たせー」


 カップの並んだお盆を手に、ロザリアがやってくる。

 結い上げられた髪は、戸外では判別できなかったが、艶のある金髪(ブロンド)だ。頼りない(ろう)(そく)の明かりの中でも、きらめきを放っている。それは隠しきれない疲れのにじんだ顔に対して、あまりにも皮肉な輝きだった。

 彼女はカップを3つテーブルの上に並べると、テスターたちの向かいに腰を下ろした。


「ケッコナ草のお茶よ。どーぞ」

「ありがとうございます」


 慣れない()()を使いながら、ふたりして湯気の立つカップ――ざらざらした質感の陶器だ――を手に取り、液体を口に含む。

 ()(たん)、表現するもおぞましい味が口中に広がり――といったお約束なこともなく、テスターはおいしく液体を飲み干した。しょうが湯に似た味だ。

 身体(からだ)も温まったところで、情報を得るため口を(ひら)く。


「ところでロザリアさん。俺たち人を捜してるんですが。黒髪の少年に、銀髪の少女。それぞれ俺やセラと同じ格好をしています。どこかで見かけませんでしたか?」


 ロザリアはカップを1口すすると、さらに一拍置いた(のち)


「いえ、そういった子たちは見てないわ」


 申し訳なそうに首を振った。あでやかな後れ毛が力なく揺れる。

 途方もなく美しい顔立ちなのに、疲弊している印象が全てを上塗りしてしまう。そんな女性だった。

 ロザリアはカップを置くと、遠いまなざしでいずこかを見た。


「そう……みんな、誰かを探してるのね」


 テスターは困ってセラを向いた。目が合ったセラも、同様な気持ちを抱えているようだ。

 ふたりの思念は通じ合う。

 ――聞いてほしがってる。彼女、めっちゃ聞いてほしがってる。

 テスターは空気を読んで、ロザリアを促した。


「ロザリアさんは、アルファードさんを?」

「ええ」


 ロザリアが、重々しくうなずく。悲しみに暮れた目で、


「彼とは将来を誓い合って、幸せに暮らすはずだった。なのに彼は行ってしまった」


 説明が漠然とし過ぎていて、どう返せばいいのかも分からない。


「それは……」

「……お察しします」


 無難に返すと、ロザリアが「そういえば」と後を続けた。


「見つけたわ。あなたと彼の共通点」

「え?」

「外では分からなかったけど……その髪色。彼も鮮やかな(とう)(はつ)だったわ」

「そうですか」


 いとおしげに髪を見つめられて決まり悪くなり、テスターは目をそらした。


「どうするテスター君。他の村人にも聞いてみる?」

「その方がいいかもね」


 セラの提案にこちらが答えるよりも先に、ロザリアが賛同する。


「この辺りは村外れで人も少ないから、明日(あした)村の中心部へ行ってみるといいわ。今日のところは、よければ泊まっていって。ちょっと手狭だけど」

「ありがとうございます」

「なにからなにまで助かります」


 礼を言いながら、テスターは少し気になっていた。

 村人の話が出た途端、ロザリアの表情が硬くなったことが。


◇ ◇ ◇

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