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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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1.罪障のリフレイン② 帰ってきたのね!

 木々が立ち並ぶ場所へと足を踏み入れ、下草をかき分け進んでいく。始めはゆっくりと。後ろを(いち)(べつ)して、セラがちゃんと付いてきているのを確認した後は、少し歩調を速めて。

 進むうち、最初は小枝を踏む音にもかき消されるほど小さかった声が、次第にはっきりとした存在感を放ち始める。

 そろそろ目印でも付けた方がいいかと考え始めた頃、草木の障害物が消えて視界が(ひら)けた。

 端から端まで視界いっぱいに広がるのは、大きな湖。水面には上空の月が映し出されており、実際以上に夜空が広大に感じられる。


「テスター君、あそこ」


 いつの間に接近してきたのか、セラが耳元でささやき、ある一点を指さす。

 セラが指し示した先の湖畔には、人影がひとつ。

 遠目では分かりづらいが、恐らくは若い女性。腰ラインを超すほどの長髪で、湖のほとりにたたずんでいる。

 テスターたちはそろりそろりと――なんとなくだが、気づかれたら逃げられてしまうような気がしたのだ――彼女との距離を縮めていった。

 湖に向かう彼女は祈るように両手を組み、ずっとなにかの言葉を発し続けている。近づいているこちらの気配に気づかないほど、必死に。


「……うか、彼を返……てくだ……」

(なにかを祈っている?)


 いや。


(懇願……か?)


 静かに乞い願うよりももっと強い切迫感が、その声からは感じられる。()(そう)な決意をたたえた巡礼者のような雰囲気を、彼女は漂わせていた。

 5メートルほどまで距離が近づいたところで、彼女がテスターらの存在に気づいた。


「アルファードっ⁉」


 (きょう)(がく)に目を見開き、同時にこちらへと駆けてくる。


「アルファードっ! 帰ってきたのね!」

「っ⁉」


 テスターは思わず後方に跳んだ。彼女が飛びかからんばかりに突進してきたから――だけではない。想定外の()()を聞いて、身体(からだ)が警戒体勢に入ったのだ。


「彼はアルファードではありません!」


 テスターと彼女との間に、バッと割り込むセラ。

 それによって初めてセラの存在を認識したとでもいうように――実際そうなのかもしれないが――彼女が、はっと立ち止まる。


「アルファードじゃ、ない?」


 続いて当惑した面持ちで、テスターを見つめる。

 年は20代半ば、といったところか。月明かりのせいかもしれないが、愁いを帯びた顔つきが印象的だ。


「俺はテスターといいます」


 テスターは彼女の視線を受け止めて、軽く片手を上げた。


「そっか、そうよね……」


 落胆した様子で、彼女が肩を落とす。


「ごめんなさい……私、早とちりしちゃって」

「いえ……でもそんなに似てるんですか? 俺とその、アルファードって方」


 問われると彼女はついと顔を上げ、改めてテスターをまじまじと見つめた。


「どうかしら……背は頭ひとつ分違うし、年もたぶん、10歳くらいは離れてるかな。目鼻立ちや骨格も全然違うっぽいし……」


 つまりは全く似ていないということなのだろう。


「それにしても、あなたたち」


 彼女は今度は、セラも含めてこちらの格好にざっと目を通した。


「この辺りの住人じゃなさそうね。格好も見かけない感じのものだし。そのなまりからすると……北部出身かしら?」

「……あの、私たちちょっと困っておりまして。道に迷った? みたいなんです」

「俺たちは(しん)(ぼく)で、日本という国の、アタラクシアという施設からやってきたんです」


 やけに丁寧な補足をするテスターに、セラはいぶかしむ様子もない。どうやらセラも、同じ懸念を(いだ)いているようだ。

 反対に女の方は、テスターの言葉に完全に混乱したようだ。


「シンボク? ニホン?」

「それで、ここは一体どこなんですか?」


 テスターは食い気味に質問をした。疑問符いっぱいの彼女に、懸念はさらに大きくなっていた。

 彼女は、疑問点はひとまず無視することにしたらしい。答えられることだけを、簡潔に返してきた。


「ここはミホナ村よ。大陸南端の。まあ小さな村だし、知らなくて当然よね」


 ざわざわと胸が騒ぐ。

 彼女はこちらの不安をくみ取ったのか、気遣うように続けてきた。


「困ってるならひとまず、私の家で休んでく?」

「いいんですか?」

「ええ。これも()()()のお導きだわ」


 にっこりと、慈悲深い笑みを浮かべる女性。まさか自分が発した言葉が、テスターたちの不安をさらにあおったとは、夢にも思っていないだろう。

 彼女は言った。女神様と。


(それに……)


 テスターもセラも、とっさに彼女の()()に合わせていたが。

 彼女が使う言葉は、日本語でも英語でもない。

 彼女が(りゅう)(ちょう)に話していたのは、(しん)(ぼく)の言語――()()だった。


◇ ◇ ◇

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