1.罪障のリフレイン① 月夜のたびに私は祈る。
◇ ◇ ◇
月夜のたびに私は祈る。
冷徹な暴力に奪い去られてしまった、あなたが帰ってくるように。
私は祈り続ける。
6つの理不尽な鉄槌は、あまりにも愚かな間違いだから。
女神様の慈悲の下、あなたはきっと帰ってくる。
あなたとの未来だけが、私の幸せ。
それ以外にはなにもいらない。
だから私は、今夜も祈る……
◇ ◇ ◇
「……スター君、テスター君っ」
頭の中に、聞き慣れた声が響く。こちらの身を案じている時ですら、警戒心の下地は崩さない。そんな張り詰めた声。
そう。この声はいつだって、自分に心を開いてはくれない。
(俺はそれが嫌なんだ)
声に出す代わりに、テスターは目を開けた。
真っ先に目に入ったのは、こちらを見つめる一対のまなざしだ。あおむけに横たわるテスターの顔を、ひとりの少女がのぞき込んでいる。その瞳は今は確認できないが、息をのむほど澄んだ青色をしているのだ。
どうして確認できないのかというと、
「って、あれ? 夜か? というかなんで屋外に……」
少女のバックに広がる夜空を見て、ガバッと身を起こす。
「屋外っていうには、あまりに外過ぎるかしらね」
投げやりな少女の声。その声の主を、テスターはもちろん知っていた。
セラだ。月明かりの下、見覚えのある姿形で、セラがテスターのそばに座り込んでいる。
が、今自分がいるその『外』は、全く覚えのない『外』だった。
「……ここ、どこだ?」
誰にともなくつぶやく。
アタラクシアでアスラ、リュート、セラの3人が続けて消失するさまを見た。その直後に恐らくは――自分も同様の結末をたどったはずだ。
そして目が覚めたら、こんな場所にいた。
テスターたちがいるのは、原野のようだった。周囲に木々が生い茂っているところを見ると、森林内部の、開けた場所といったところか。
アタラクシアにこんな場所はなかったはずだ。第一、
(気温がおかしい)
頰に触れる外気や、手のひらの下にある野草からは、夏の夜とは思えないほどの冷気が伝わってくる。
答えを求めてセラを見るが、彼女はお手上げの仕草を示した。
「全てが意味不明よ。スマホの位置情報も役に立たないし、なにより座標を読み取れないの」
セラの言う通りだった。飽きるほどの訓練を重ね、片手間にでもできるようになったはずの座標認識ができない。感覚としての位置情報が、霞に包まれているように定まらない。
そのこと自体に動揺が走るが、取り急ぎの状況確認のため、テスターはもうひとつの疑問を口にした。
「リュートとアスラは?」
同じように消えたなら、同じようにやってきている可能性はある。現にセラは一緒なのだから。
だけど彼らは、今ここにいない。
それに対する答えはあるものと期待したが、月明かりに照らされたセラの顔は、先ほどにも増して返答に窮しているようだった。
「目が覚めたら、テスター君とふたりきりだったの……少し周りを捜してはみたけれど、見つからなかったわ。電話も通じない」
「そうか……困ったな」
言いながらもテスターは、少しだけ自分が落ち着いたのを自覚した。
セラと会話しながら己の身体を触っていたのだが、気絶前と比べて、いでたちに特に変化は感じられなかった。つまりは緋剣とカートリッジもちゃんと身に着けている。そのことが、思っていた以上の安心感を与えてくれた。
(っていっても、こんな不可思議な状況なんだ。ちゃんと発動してくれるかどうかは、疑っておいた方がいいかもな)
緋剣の柄に触れながら、心の中で石橋をたたく。
「そうだな……ひとまずは俺のスマホも使えないのか、一応確認し――」
テスターは言葉を途切らせた。
「……なにか聞こえないか?」
言われなくとも、といった表情で、セラがこちらを見返してくる。そろそろと立ち上がる彼女に合わせるように、テスターもゆっくりと腰を上げる。
耳をそばだてると、聞こえてくるのはかすかな音――いや、声。
(行ってみよう)
セラに目配せを送り、テスターは声のする方へと歩きだした。




