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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
305/389

1.罪障のリフレイン① 月夜のたびに私は祈る。

◇ ◇ ◇


 月夜のたびに私は祈る。

 冷徹な暴力に奪い去られてしまった、あなたが帰ってくるように。

 私は祈り続ける。

 6つの理不尽な(てっ)(つい)は、あまりにも愚かな間違いだから。

 女神様の慈悲の(もと)、あなたはきっと帰ってくる。

 あなたとの未来だけが、私の幸せ。

 それ以外にはなにもいらない。

 だから私は、今夜も祈る……


◇ ◇ ◇


「……スター君、テスター君っ」


 頭の中に、聞き慣れた声が響く。こちらの身を案じている時ですら、警戒心の下地は崩さない。そんな張り詰めた声。

 そう。この声はいつだって、自分に心を(ひら)いてはくれない。


(俺はそれが嫌なんだ)


 声に出す代わりに、テスターは目を()けた。

 真っ先に目に入ったのは、こちらを見つめる一対のまなざしだ。あおむけに横たわるテスターの顔を、ひとりの少女がのぞき込んでいる。その瞳は今は確認できないが、息をのむほど澄んだ青色をしているのだ。

 どうして確認できないのかというと、


「って、あれ? 夜か? というかなんで屋外に……」


 少女のバックに広がる夜空を見て、ガバッと身を起こす。


「屋外っていうには、あまりに()()()()かしらね」


 投げやりな少女の声。その声の(ぬし)を、テスターはもちろん知っていた。

 セラだ。月明かりの(もと)、見覚えのある姿形で、セラがテスターのそばに座り込んでいる。

 が、今自分がいるその『外』は、全く覚えのない『外』だった。


「……ここ、どこだ?」


 誰にともなくつぶやく。

 アタラクシアでアスラ、リュート、セラの3人が続けて消失するさまを見た。その直後に恐らくは――自分も同様の結末をたどったはずだ。

 そして目が覚めたら、こんな場所にいた。

 テスターたちがいるのは、原野のようだった。周囲に木々が生い茂っているところを見ると、森林内部の、(ひら)けた場所といったところか。

 アタラクシアにこんな場所はなかったはずだ。第一、


(気温がおかしい)


 頰に()れる外気や、手のひらの下にある野草からは、夏の夜とは思えないほどの冷気が伝わってくる。

 答えを求めてセラを見るが、彼女はお手上げの仕草を示した。


「全てが意味不明よ。スマホの位置情報も役に立たないし、なにより座標を読み取れないの」


 セラの言う通りだった。飽きるほどの訓練を重ね、片手間にでもできるようになったはずの座標認識ができない。感覚としての位置情報が、(かすみ)に包まれているように定まらない。

 そのこと自体に動揺が走るが、取り急ぎの状況確認のため、テスターはもうひとつの疑問を口にした。


「リュートとアスラは?」


 同じように消えたなら、同じようにやってきている可能性はある。現にセラは一緒なのだから。

 だけど彼らは、今ここにいない。

 それに対する答えはあるものと期待したが、月明かりに照らされたセラの顔は、先ほどにも増して返答に窮しているようだった。


「目が覚めたら、テスター君とふたりきりだったの……少し周りを捜してはみたけれど、見つからなかったわ。電話も通じない」

「そうか……困ったな」


 言いながらもテスターは、少しだけ自分が落ち着いたのを自覚した。

 セラと会話しながら己の身体(からだ)を触っていたのだが、気絶前と比べて、いでたちに特に変化は感じられなかった。つまりは()(けん)とカートリッジもちゃんと身に着けている。そのことが、思っていた以上の安心感を与えてくれた。


(っていっても、こんな不可思議な状況なんだ。ちゃんと発動してくれるかどうかは、疑っておいた方がいいかもな)


 ()(けん)(つか)()れながら、心の中で石橋をたたく。


「そうだな……ひとまずは俺のスマホも使えないのか、一応確認し――」


 テスターは言葉を()()らせた。


「……なにか聞こえないか?」


 言われなくとも、といった表情で、セラがこちらを見返してくる。そろそろと立ち上がる彼女に合わせるように、テスターもゆっくりと腰を上げる。

 耳をそばだてると、聞こえてくるのはかすかな音――いや、声。


(行ってみよう)


 セラに目配せを送り、テスターは声のする方へと歩きだした。

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