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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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Prelude

◇ ◇ ◇


「映画? なに言ってんだお前」


 (しもべ)が参考書から顔を上げ、しかめっ面を向けてくる。

 恒例となった(あけ)()の訓練校訪問。学校祭も一昨日(おととい)無事終わり、久々に落ち着いた休日を過ごしていた。今はゲストルームの一室を借りて、ふたりして勉強中だ。

 そしてその時間を少しばかり使って、メルビレナは娯楽施設への同行を迫っていた。


「だから。行ったのだろう、映画に。あの(おに)(むすめ)と」

「行ったけど……だからって、なんでお前とも行かなきゃいけねーんだよ」

「私とて多少は、地球人の娯楽に興味がある。まさか()(しん)ごときと行っておいて、私とは行かないと抜かすのではないだろうな」

「抜かすよ。だってお前と行く意味ねえじゃん」


 それで話は終わりということなのか、(しもべ)がふいと顔を背ける。

 メルビレナはため息を吐いた。

 愚鈍な(しもべ)を持つと苦労する。


(仕方ない。その愚鈍さに合わせてやろう)


 (しもべ)のポケットに目をやり、メルビレナは寛大にも妥協することにした。


◇ ◇ ◇


「おい……」


 まなじりつり上げ、腹の底から絞り出すような声を(しもべ)が上げる。

 終業式後。誰もいない教室に明美を呼び出し、さらにはメルビレナを呼び出して何事かと思ったら、


「なんで俺の財布から現金が消えて、代わりに映画のチケットがふたり分入ってんだ?」


 2枚のチケットをこちらに突きつけ、そんな()(まつ)なことを聞く。

 メルビレナはやれやれと吐き出した。


昨日(きのう)の様子を見るに、貴様はいつまで()ってもチケットを買わないような気がしたのでな。私が代わりに買っておいてやった。なに礼はいい。愚鈍な()(ぼく)をフォローするのにも慣れてきたところだ」

「いつまで()っても映画のチケット買わないのは、いつまでだってお前と行く気はねえからだよっ! つか、はっきり行く意味ねえっつっただろ!」

「意味はあるだろう。でなきゃチケットが無駄になる」

「さも当然のように矛盾した論理ぶっ込んでくんじゃねえ!」

「わがままなやつだ」

「全世界にアンケート取ったって、わがままなのはお前だよ!」

「私は貴様の進言に、寛大にも従っただけだ」

「ああんっ⁉」


 (しもべ)が悲鳴にすら近い金切り声を上げて、()いた五指をわきわきさせる。まるで爪が鋭ければ切り裂きたいとでもいうように。

 メルビレナは詰め寄ってきていた(しもべ)の手を押しのけ、告げた。


「歩み寄れと言ったのは貴様だろう。私は(しもべ)と親交を深めるために提案したのだ」

「な……それはっ、そうかもしれねーけどっ……」


 先ほどまでの激情から一転、動じた声を出す(しもべ)。自身の発言を後悔しているのかもしれないが、もう遅い。


(しもべ)と映画に行く。十分な歩み寄りだ」

「だからってなんで俺がっ……」

「まさか自分で言っておいて、歩み寄りの機会をふいにはしないだろうな」

「それはその――ぁあくそ! 分かったよ、行きゃいいんだろっ!」

「日程は後日調整しよう」


 やけくそ気味に叫ぶ(しもべ)の手からチケットを抜き取り、メルビレナは寛容な笑みを浮かべた。


◇ ◇ ◇


 手のひらを通して、カップ内の熱が伝わってくる。

 女神である自分には、かつて熱いも冷たいも関係なかった。(しゃく)(ねつ)だろうと(ひょう)(ろう)だろうと、生命活動に支障はないのだから。

 だが今の――同化を通して存在している自分には、生きる上で大事な情報であった。

 そしてたぶん、そういったことを抜きにしても重要なことなのだ。感じるということは。


「――おっしゃる通りです。それを踏まえた上で申し上げますが、御社のテーマパークにおける一部区画の公開延期に関しては、我々はなんの強制力も発動しておりません。確かにディメンショナル・マターの秘匿に関する法的リスクについて進言させていただきましたが、強迫の意図は全くありませんでした」


 部屋の(あるじ)が落ち着いたトーンで、受話器の向こう側に声を届けている。執務机とほぼ対角線上にあるソファからだと、彼の声だけでなく顔も確認できた。

 部屋の(あるじ)――セシルはもう数十分も、テーマパーク『アタラクシア』の経営会社と電話を続けている。なんとか建前を設けて、調査隊をアタラクシアに送ろうとしているのだ。(しん)(ぼく)失踪事件の手がかりをつかむために。

 しかし事件の存在そのものに関しては(いん)(ぺい)してあるため、交渉が難航しているらしい。


「――このタイミングでディメンショナル・マターの調査をさせていただければ、公開延期も有効利用できます」


 (しもべ)らが消えてから1週間が過ぎたが、いまだに彼らは戻ってこない。安否どころかどこへ消え去ったのかも謎のままだ。このまま永遠に帰ってこないことだってあり()る。


(……まったく、愚かな)


 メルビレナはカップをテーブルに置くと、どうでもよさげにつぶやいた。


「早くせねば、上映が終わってしまうではないか」


◇ ◇ ◇

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