5.新世界にて④ 光のカーテンが揺らめく中
◇ ◇ ◇
(なんだ?)
突然様子の変わった明美を見て、テスターは眉根を寄せた。
テスターらが今いるのは、北欧をテーマとした部屋だ。立体描画と映像、光を駆使して、オーロラが夜空を幻想的に舞う様を表現している。
光のカーテンが揺らめく中、明美はなにかを探るように、きょろきょろと辺りを見回していた。その先鋭的なまなざしに思う。確証はないが――
(あれは、女神様か……?)
それが確信へと変わる前に、彼女がぱっとテスターを向いた。かち合った目線をそらさぬまま、迷いなくこちらへと歩いてくる。その間に何人もの客を挟もうと、彼らを突き抜けて視線が刺さってくる錯覚を、テスターは覚えた。
「リュートたちはどうした?」
目の前までやってきた彼女が、詰問するように言ってきた。その口調に彼女が女神であると確信しながら、テスターは小声で答えを返す。
「放浪石を探しています」
「あの娘か!」
女神は合点がいったというふうに吐き出すと、身を翻して走りだした。
状況に置いていかれた銀貨が、慌ててこちらへと向かってくる。それをちらりと確認してから、テスターは女神に並走した。
「どういうことですっ?」
「放浪石と思われるゆがみは、私も感じた。しかしそのゆがみ具合がおかしい――原因はたぶん、鬼娘だ」
「さっぱり意味が分かりません」
率直なお手上げ宣言に、女神が言葉を重ねようとする。
しかしその時突然、視界が揺れだした。一瞬目まいでも起きたのかと思ったが、違うらしい。床も壁も、建物全体が揺れている。
「地震です、止まってくださいっ」
走れないほどではないし、通路には特に危ないものもない。それでもテスターは、女神の腕をつかんで引き止めた。
振り向くと銀貨も立ち止まって、壁にもたれるようにしてこちらを見ていた。
「あやつは捨て置け。安心しろ、揺れはすぐに収まる」
女神の言葉を受けて、テスターは申し訳ないと思いつつも銀貨に声を投げた。
「山本! 危ないからそこで待っててくれ!」
言い終える前に走りだす女神に、テスターも続く。彼女の内からにじみ出る焦りが、テスターの焦燥感もかき立てていた。
揺れは女神の言う通りすぐに収まった。網の目に組まれた道の最短距離を進んでいるのか、女神の進みに迷いはない。彼女は走りながら、先ほどの続きを語りだした。
「放浪石はあらゆる次元をまたぐ。その存在自体が矛盾。無限に広がりながらにして極限まで収束していく。未熟な鬼娘は、その存在矛盾に対して己の力が干渉するのを抑えられないだろう」
「要はアスラを放浪石から引き離せばいいってことですね?」
「……もう遅い」
苦々しくうめく女神。その視線の先には開け放たれた扉があり、部屋からは激しい明滅を繰り返す光が放たれていた。そのため内部の状況把握は困難であったが、テスターは辛うじて、光の中に複数の人影を捉えた。
(なんだあの光。あれも施設の演出なのか?)
「ここにいてください!」
混乱しつつも女神にそう言い残し、部屋へと急ぐ。室内にいる彼らも動揺しているらしい。「なんだよこれ!」「知らないわよ!」などと、リュートやセラの声が漏れ聞こえてくる。
極めつけの出来事は、テスターが部屋に足を踏み入れた時に起こった。
ばぢぢっと音を立て、中央にある結晶体――恐らくは放浪石から、放電する球体のようなものが飛び出てくる。その際の衝撃か結晶体の一部が砕け、アスラに破片が降りかかった。
放電体の方はセラに襲いかかるが、割り込んだリュートが左腕でそれをはじいた――かと思えば、ばぢっと彼の身体がはじき飛ばされた。
「リューく――」
明滅する光の中、アスラの身体が乱れた映像のようにぶれて、発した言葉ごとその姿がかき消える。
(っ⁉)
「なっ……⁉」
リュートが愕然とした声を上げて立ち上がり、アスラのいた場所へ飛び出――す前に、彼の姿も消失する。
「お兄ちゃんっ⁉」
甲高い悲鳴を上げるセラ。
怒濤の展開に呆然としていたテスターは、その悲鳴を聞いて我に返った。
「セラ! 放浪石から離れろっ!」
本当なら女神を連れて撤退すべきだった。
しかし気づいた時には、リュートが消えた場所に飛びつくセラへと、テスターもまた足を向けていた。
途方に暮れた顔でこちらを振り向く彼女と、目が合う。その絶望的な視線になにかを返す前に、彼女の姿がゆがんで消えた。そして、
「セ――」
名を呼ぶことすらできずに、テスターの意識はぶつ切りに途絶えた。
◇ ◇ ◇