5.新世界にて③ どうかほんとにほんとに
「こっちこっち♪」
怪力娘が無邪気に扉を押し開く。リュートとセラは血の気の引いた顔を見合わせ、アスラの後を追った。どうかほんとにほんとに監視カメラがありませんように。
もはや意味をなさなくなった扉を通り抜けると、薄暗い部屋に出た。室内に電気はともっておらず、通路の天井灯から届くわずかな光が、ここが円形の部屋だということを教えてくれた。造り自体は、これまで通ってきた部屋と同じだろう。
アスラに追いついて開口一番、セラが怒鳴り声――ただし器用なことに、小さな怒鳴り声だ――を上げた。
「なにやってるのよアスラ! 立ち入り禁止を無視して、おまけに鍵まで壊して!」
「あ……」
叱られてようやく、アスラは過ぎた真似をしたと気づいたようだ。
「ごめんなさいっ、あたし、みんなの役に立ちたくて……」
「その気持ちはありがたいけど、常識の範囲内で行動してくれなきゃ困るわ!」
「ごめんなさい……」
「反省はしっかりしてもらうとして」
しゅんと落とされたアスラの肩をぽんとたたき、リュートは部屋の中央を指さした。
「せっかく来ちまったんだし、一応見てくか? たぶんあれだろ」
中央に置かれた台座の上に、この部屋の主のようにどでんと鎮座する物体があった。
3人忍び足――今更感が半端ないが――で台座へと近づいていく。リュートは腰の簡易ライトを取り外し、光量を最低限に絞って台座と物体を照らした。
台座に書かれた説明文によると、ここは幻想世界をモチーフにした部屋らしい。
なるほど確かに、放浪石の多彩な輝きは、幻想世界にふさわしい。
現にライトに照らされている、直径1メートルは下らない結晶体。漆黒の地色に遊色効果がよく映えて、まるで宇宙空間を凝縮して閉じ込めたような神秘的な美しさを放っていた。
「大きいわね。こんなの初めてみたわ」
見とれるようにつぶやくセラに、無言でうなずく。
放浪石の結晶は、色彩パターンがブラックオパールという鉱石と類似している。そのため、レプリカ代わりに使われたブラックオパール(またはそれの模造結晶)が、実は本物だったというだけの話かと思っていたのだが。
(これだけでかいと、分かっててあえて申告しなかった可能性も十分あるな)
与えられた役目が、探りにとどまっていてよかった。こんなもめそうな事柄にはなるべく関わり合いにになりたくない。
「うわあ、きれーい♪」
アスラが感動の声を上げながら、放浪石に手を伸ばし――慌ててバッと引っ込める。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
リュートは眉をひそめたが、次の瞬間の出来事によって、追及する機会を逸してしまった。
低い振動音とともに、小刻みな横揺れ――
(地震っ⁉)
といってもさほど大きくはない。せいぜいが震度3くらいだ。
明美たちのことが頭をよぎるが、その辺はテスターがなんとかしてくれるだろうと踏んで、眼前の結晶体に目をやる。放浪石は台座にしっかり固定されているらしく、落ちてくる心配はなさそうだ。
監視カメラがあるかもしれないのであまり気は進まなかったが、リュートは簡易ライトの光量を上げた。ひとまずは安全の確保が最優先だ。
セラもアスラも地震に驚いているようだが、転倒等はしていない。
(取りあえず揺れが収まるのを待って――)
リュートが方針を立て直していたその時、
「や、やだ! 怖いよリュー君っ!」
「っ⁉」
がばっと抱きついてきたアスラに押され、リュートは台座にもたれるようにして倒れ込んだ。
「きゃっ」
支えを失ったアスラは腕を突っ張り、その手のひらが放浪石の表面へと落ち着く。
「アスラってば! どうしてそう――いえもういいわ、大丈夫お兄ちゃん?」
「あ、ああ」
リュートは台座に背を預けたまま、セラに無事を伝えた。落としてしまったライトが、あらぬ方向を照らしている。
そして、どうしてそうなったのかは全く意味不明であったが。
簡易ライトの光を上書きするように、室内が、まばゆいまでの輝きに包まれた。
◇ ◇ ◇




