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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
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3.雲下の後悔⑥ 守護騎士は恩を売らない。

「……っ!」


 両肩にかかる重みに息が漏れる。

 なんとか踏ん張り、均衡を(たも)とうとしたところで。


(……まあ、そりゃそうだろーな)


 分かってはいたが、斜め後方から()(しん)が迫っていた。駆けてきた勢いのまま、殴り込んでくる。


 リュートはくわえた(つか)を右手に持ち直した。(りん)を支える手が減ることで、(へり)の向こうへと引きずられるが、構わず限界まで身体(からだ)を伏せる。


 目標が下へと()けたため、()(しん)は拳を空振りさせ、リュートにつまずく形で(へり)の向こうに転がり出た。

 空間の(はざ)()に存在する()(しん)には重力など関係ないが、


「このっ……」


 逆手に持った()(けん)をハンマーのように、()(しん)に向かって上から振り下ろす。《()》には命中しなかったが側頭部をえぐり、下方へと押しやることができた。

 リュートはすぐさま、解除した()(けん)を剣帯にねじ入れ、(りん)の救助に戻った。が、


「ぐっ……」


 ()(しん)に構っている間にだいぶ引きずられ、救助どころかリュートも一緒に落ちそうな状況であった。すでに胸まで、(ふち)からはみ出している。


「あんた、なんでここにっ……?」


 (へり)にしがみつくのに必死で、リュートが屋上に来たことに気づいていなかったのか。

 (りん)が目を丸くして、こちらを見上げている。その瞳は斜に構えておらず、今だけなら純朴な女子高生のように見えた。

 しかし次の瞬間、初めて(たい)()した時と同じ、すねたようなまなざしに戻る。


「恩を、売ったって、あんたのことは嫌いだからっ。このクズっ」

「この状況で挑発するとは、お前もなかなかだな」


 苦笑し、(りん)の言葉を訂正する。


守護騎士(ガーディアン)は恩を売らない。これも任務のうちだ」

「あっそ! ていうか、あんたも落ちてん、じゃんっ。どうすんのよっ」


 よほど体力を消耗しているのか、途切れ途切れに吐き出す(りん)

 彼女の言う通りであった。こうなってはもう、遅かれ早かれ落ちるしかない。

 だから、


「こうするしか、ないだろ」


 リュートは身体(からだ)の力を抜いた。ずざざっと引きずられ、身体(からだ)(へり)から落ち始める。


「え、ちょっ⁉」

「絶対に離すなよ」


 (りん)を越えて、真っすぐ一点――駆け上がってくる()(しん)だけを見据え、そのまま――落ちる。(りん)の重みに引っ張られ、ただ重力に従って。


「きゃあああああぁっ⁉」


 悲鳴とともに、(りん)が腕を握り返してくる。

 身体(からだ)が浮遊感に包まれたところで、リュートは足の裏で壁を蹴り、勢いをつけて身体(からだ)をひねった。(りん)が巻き込まれないように。


「来い!」


 無防備な脇腹をさらし、自ら()(しん)の元へと飛び込む。格好の餌食だった。

 迫る拳。

 そして、脇腹に衝撃。


「――っ!」


 下から突き上げるような衝撃は、実際にリュートを突き上げた。

 落下から上昇に急転し、身体(からだ)が意思に関係なく引き上げられる。

 対して、落ち続けようとする(りん)が反作用となり、両肩に痛みが走った。彼女の握る力が弱まるのを感じ、全力で握り返す。爪が食い込んだかもしれないが、(ひも)なしバンジーをするよりはマシだろう。


 涙ににじむ視界には、雲に覆われた一面の空。いつの間にか曇っていたらしい。

 次いで、つないだ(りん)の手に引きずり下ろされるようにして、身体(からだ)が下降し始める。下を向くと、顔をこわばらせた(りん)と目が合った。


「きっ……」


 罵倒なのか悲鳴なのか。

 なにかを言いたいらしいが、きつく引き結んだ口では、意味ある言葉は出せないだろう。


 リュートは答える代わりに、右手を離して(りん)の腰に手を回した。それを支えに(りん)の方へと身を寄せながら、彼女をこちらへと引き寄せる。上下が逆転するように身をひねったところで、リュートは(りん)を抱き締めた。


「ばっ、なにすっ……」


 出したかったのは罵声らしい。

 リュートは無視して背中を丸めた。頭の無事を祈りながら。


 衝撃はすぐにやってきた。

 背中から地面に激突し、反動で後頭部もぶつける。

 肺から()されるように出た呼気は、体外へと飛び出す前に(りん)身体(からだ)()し返され、(きょう)(さく)(きた)したかのように気管内で破裂した。

 力の抜けた腕から(りん)がはじけるように転がっていくのを、ぶれる視界で見送って。


「…………ぅぐっ、げふっ」


 乱れて止まった呼吸を正そうとするかのように、リュートは激しく()()んだ。乱暴な手段ではあったが、なんとか屋上に戻ってこれたようだ。


 視界と呼吸が落ち着くにつれ、痛みも冷静に認識できた。

 脇腹、背中、後頭部。ひとまず無視して上半身を起こし、正面――先ほど落ちて、吹っ飛ばされてきた方向を見据える。

 屋上から生えた白い半球が、スライドするように接近してきていた。それはもちろん未確認生物などではなく、頭の半分から下を、屋上の下に潜り込ませた()(しん)である。

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