5.新世界にて① とんでもなく惨めだった。
◇ ◇ ◇
楽しみにしていた。
本当に本当に楽しみにしていた。
だけど彼らは大切な友達だったから、不都合な展開も受け入れた。
だからこそ、ほんの少しでも妥協してくれない彼らが許せなかった。
パーク内を適当に歩きながら、銀貨はふつふつと込み上げる怒りと闘っていた。右隣を遠慮がちに明美が、銀貨たちから少し遅れるようにして龍登たちが付いてきているが、正直もうどうでもよかった。
(そりゃあ任務があるんだろうけど、友達なら少しくらい協力――いや協力までいかなくたって、せめて邪魔しないでいてくれればいいのに。どうしてそれすら駄目なんだよ)
分かってはいた。それが彼らの役目なのだと。
だけどそれを改めて突きつけられることで、彼らの中における自分の位置づけも浮き彫りになってしまった。
龍登たちが銀貨と接する時、そこには常に建前がある。
無論地球人同士にだって、体面や外づらなどの建前は存在する。だけど渡人が設けるそれはあまりにも分厚くて、どこまでいっても本音を垣間見せてもくれない。
自分が友達と楽しく会話したという事実は、反対側から――相手から見たらどう認識されていたのだろう。目の前の地球人をやり過ごすための方便だったのだろうか。
なのに自分は友達と過ごす毎日が楽しくて、一瞬一瞬が輝いていると思っていたなんて。
それが馬鹿みたいで、むなしくて、とんでもなく惨めだった。
龍登たちが銀貨の恋に協力してくれないこと。
そこから否が応でも推察されてしまう距離感。
そのふたつの事実に打ちのめされて、銀貨の心は遊ぶどころではなくなってしまった。からからに乾いた心は冷めきって――
(からからに乾いた――渇いた……?)
思い出す。
「ごめん須藤さん! スムージー飲むんだったよねっ?」
銀貨は慌てて明美を振り返った。自分のことばかり考えているうちに、完全に忘れてしまっていた。
「あ……そう、だったね」
あたかも失念していたかのように、明美。しかし彼女の顔に浮かぶ苦笑いが、そうではないことを物語っていた。
「ごめんね、僕ってば、なにやってんだろう!」
本末転倒だ。明美を放っておいて惨めもなにもないだろう。
「僕買ってくるよ! ええとっ……」
止まってはいけないという謎の使命感で話しながら、辺りを見回す。道沿いのベンチは埋まっていたが、花壇の縁――休憩用に使われることを意識してか、奥行きがあり、座りやすそうだ――が空いていた。
「そこの花壇で休んでて。すぐに買ってくるから」
「えと、私も一緒に行くよ?」
「いいからいいから、歩き疲れたでしょ?」
そこまで言ってから、龍登たちへの対応に惑い、動きが止まる。
一緒に行こうと誘う気にはなれないが、なにも言わずに行ってしまえば無視してしまうことになる。
しばし迷っているうちに、テスターと瀬良が明美を連れてこちらから離れだした。
「リュート先輩ごちそうさまです」
「ありがとうございますリュート様」
「お前らっていつもそれだよな」
手を振るテスターと瀬良に、龍登が犬歯をむく。どうやら明美のスムージーを銀貨が、テスターと瀬良の分を龍登が、ということらしい。
スムージーのワゴンに向かって歩きだすと、龍登が追いついてきて横に並んだ。
続く沈黙。気まずい空気。
銀貨だってそんな雰囲気の中で、龍登と肩を並べたくはなかった。だけどどうしても、自分からその雰囲気を打ち崩すことができない。
曲がりくねった道を進み、もう少しでワゴンというところで――
「山本」
龍登が口を開いた。銀貨は素っ気なく聞き返す。
「なに?」
「その……このタイミングで言うべきじゃないのは分かってるんだが……」
実際、一言一言を言いにくそうに絞り出しながら、龍登がパンフレットを差し出してくる。
「この星躔ドームって施設、リニューアルオープンしたばっかだから結構待つんだけど、俺らちょっとここに用事があって……」
「行きたいの? なにかの任務……って言えるわけないか。ただの地球人に」
「その……それは悪い。施設内のある展示物に用があるってことしか言えない」
「いいよ別に」
顔を背けると、龍登がここからが本題とばかりに、食い気味に身を乗り出してきた。
「俺らの都合で行きたいってのは事実なんだけど、でもこの星空の間なんか、須藤と見るのにぴったりなんじゃないか? 俺らは俺らで用があるから少し距離を置くし、ふたりで巡ってみるのはどうだ?」
白状してしまえば、それは銀貨が当初から考えていた案であった。というかデートコースとして、大抵の者は掲げる案であろう。
だから断る理由もなかったのだが、感情が邪魔をしてすぐにはうなずけない。
目的地にたどり着き、銀形は注文の列に並んだ。龍登が諦めずに言葉を重ねる。
「ドーム中央の部屋には、記念撮影用パネルもあるらしいぜ。しかも今は期間限定デザインらしい。行ってみないか?」
元々デートのつもりで来たのだ。そんな情報、教えられなくてもすでに把握済みだ。
それを必死にアピールする龍登が滑稽で、笑えて、自己嫌悪に陥った。龍登の中で任務と友情がせめぎ合っているのが、分からないはずもないのに。
(これじゃあいじめてるみたいじゃないか)
そう思ったのが決定打だった。
「……まあ、いいかもね」
不承不承といった体で同意すると、龍登は少し安心したように頰を緩めた。
そんな彼を見て、銀貨はふと思った。
自分も相当だが、龍登もまた、踏み込んだ人付き合いに慣れていないのだ。
そう思ったら――守護騎士訓練生も自分と変わらないただの少年なのだと思ったら、分厚い建前が少し切り崩せたような気がした。
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