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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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5.新世界にて① とんでもなく惨めだった。

◇ ◇ ◇


 楽しみにしていた。

 本当に本当に楽しみにしていた。

 だけど彼らは大切な友達だったから、不都合な展開も受け入れた。

 だからこそ、ほんの少しでも妥協してくれない彼らが許せなかった。

 パーク内を適当に歩きながら、銀貨はふつふつと込み上げる怒りと闘っていた。右隣を遠慮がちに明美が、銀貨たちから少し遅れるようにして(りゅう)()たちが付いてきているが、正直もうどうでもよかった。


(そりゃあ任務があるんだろうけど、友達なら少しくらい協力――いや協力までいかなくたって、せめて邪魔しないでいてくれればいいのに。どうしてそれすら駄目なんだよ)


 分かってはいた。それが彼らの役目なのだと。

 だけどそれを改めて突きつけられることで、彼らの中における自分の位置づけも浮き彫りになってしまった。


 (りゅう)()たちが銀貨と接する時、そこには常に建前がある。

 無論地球人同士にだって、体面や外づらなどの建前は存在する。だけど(わたり)(びと)が設けるそれはあまりにも分厚くて、どこまでいっても本音を(かい)()()せてもくれない。

 自分が友達と楽しく会話したという事実は、反対側から――相手から見たらどう認識されていたのだろう。目の前の地球人をやり過ごすための方便だったのだろうか。

 なのに自分は友達と過ごす毎日が楽しくて、一瞬一瞬が輝いていると思っていたなんて。

 それが馬鹿みたいで、むなしくて、とんでもなく惨めだった。


 (りゅう)()たちが銀貨の恋に協力してくれないこと。

 そこから(いや)(おう)でも推察されてしまう距離感。

 そのふたつの事実に打ちのめされて、銀貨の心は遊ぶどころではなくなってしまった。からからに乾いた心は冷めきって――


(からからに乾いた――渇いた……?)


 思い出す。


「ごめん須藤さん! スムージー飲むんだったよねっ?」


 銀貨は慌てて明美を振り返った。自分のことばかり考えているうちに、完全に忘れてしまっていた。


「あ……そう、だったね」


 あたかも失念していたかのように、明美。しかし彼女の顔に浮かぶ苦笑いが、そうではないことを物語っていた。


「ごめんね、僕ってば、なにやってんだろう!」


 本末転倒だ。明美を放っておいて惨めもなにもないだろう。


「僕買ってくるよ! ええとっ……」


 止まってはいけないという謎の使命感で話しながら、辺りを見回す。道沿いのベンチは埋まっていたが、花壇の(へり)――休憩用に使われることを意識してか、奥行きがあり、座りやすそうだ――が()いていた。


「そこの花壇で休んでて。すぐに買ってくるから」

「えと、私も一緒に行くよ?」

「いいからいいから、歩き疲れたでしょ?」


 そこまで言ってから、(りゅう)()たちへの対応に惑い、動きが止まる。

 一緒に行こうと誘う気にはなれないが、なにも言わずに行ってしまえば無視してしまうことになる。

 しばし迷っているうちに、テスターと瀬良が明美を連れてこちらから離れだした。


「リュート先輩ごちそうさまです」

「ありがとうございますリュート様」

「お前らっていつもそれだよな」


 手を振るテスターと瀬良に、(りゅう)()が犬歯をむく。どうやら明美のスムージーを銀貨が、テスターと瀬良の分を(りゅう)()が、ということらしい。

 スムージーのワゴンに向かって歩きだすと、(りゅう)()が追いついてきて横に並んだ。

 続く沈黙。気まずい空気。

 銀貨だってそんな雰囲気の中で、(りゅう)()と肩を並べたくはなかった。だけどどうしても、自分からその雰囲気を打ち崩すことができない。

 曲がりくねった道を進み、もう少しでワゴンというところで――


「山本」


 (りゅう)()が口を(ひら)いた。銀貨は素っ気なく聞き返す。


「なに?」

「その……このタイミングで言うべきじゃないのは分かってるんだが……」


 実際、一言一言を言いにくそうに絞り出しながら、(りゅう)()がパンフレットを差し出してくる。


「この(せい)(てん)ドームって施設、リニューアルオープンしたばっかだから結構待つんだけど、俺らちょっとここに用事があって……」

「行きたいの? なにかの任務……って言えるわけないか。ただの地球人に」

「その……それは悪い。施設内のある展示物に用があるってことしか言えない」

「いいよ別に」


 顔を背けると、(りゅう)()がここからが本題とばかりに、食い気味に身を乗り出してきた。


「俺らの都合で行きたいってのは事実なんだけど、でもこの星空の間なんか、須藤と見るのにぴったりなんじゃないか? 俺らは俺らで用があるから少し距離を置くし、ふたりで巡ってみるのはどうだ?」


 白状してしまえば、それは銀貨が当初から考えていた案であった。というかデートコースとして、大抵の者は掲げる案であろう。

 だから断る理由もなかったのだが、感情が邪魔をしてすぐにはうなずけない。

 目的地にたどり着き、銀形は注文の列に並んだ。(りゅう)()が諦めずに言葉を重ねる。


「ドーム中央の部屋には、記念撮影用パネルもあるらしいぜ。しかも今は期間限定デザインらしい。行ってみないか?」


 元々デートのつもりで来たのだ。そんな情報、教えられなくてもすでに把握済みだ。

 それを必死にアピールする(りゅう)()が滑稽で、笑えて、自己嫌悪に陥った。(りゅう)()の中で任務と友情がせめぎ合っているのが、分からないはずもないのに。


(これじゃあいじめてるみたいじゃないか)


 そう思ったのが決定打だった。


「……まあ、いいかもね」


 不承不承といった体で同意すると、(りゅう)()は少し安心したように頰を緩めた。

 そんな彼を見て、銀貨はふと思った。

 自分も相当だが、(りゅう)()もまた、踏み込んだ人付き合いに慣れていないのだ。

 そう思ったら――守護騎士(ガーディアン)訓練生も自分と変わらないただの少年なのだと思ったら、分厚い建前が少し切り崩せたような気がした。


◇ ◇ ◇

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