4.アタラクシア⑦ 二度は繰り返さねえよ!
(営業妨害の苦情はめんどくせえんだよな……)
気は進まないが仕方ない。駆けだしながらブザーの警報音を鳴らす。
「幻出です! 速やかに屋外へ退避してください! アトラクションの演出ではありません! 次元生物排除法にのっとり、世界守衛機関の権限において、早急な避難を求めます!」
リュートは声を張り上げ、ブザー付属の簡易ライトを点灯させた。周囲を完全に照らすには足りないが、走る分には問題ない。
暗闇の先にうごめく影を見つけ、足は止めぬまま緋剣を発動させる。
(アスラが追いついてくる前に片をつける)
というのが最近の心がけだった。仲間が排除される姿を、できるだけアスラに見せたくはない……それは手前勝手な配慮なのだと分かってはいたが、そうでもしないと動きが鈍ってしまうのだ。
堕神に接近したところで振りかぶった緋剣が――がぎんっ、となにかに引っかかる。
「っ⁉」
見ると天井からつり下がったフックに、緋剣の剣先が引っかかっていた。
(くそっ、鬱陶しい!)
舌打ちをし、緋剣をてこに身を持ち上げるリュート。元いた場所に堕神が突っ込むのを見届けると、手首をひねって緋剣を引き抜いた。そのまま堕神の背後へと降り立ち、緋剣を横薙ぎに払う。
排除の感触を得た瞬間、後方に次元のずれる気配。かつては動揺して対処を誤った。
(さすがに二度は繰り返さねえよ!)
とどめの一撃を振り切ったその流れのまま振り向き、新たな幻出地点へと駆けだす。
2体目の堕神は幻出座標からすでに移動し、予想よりも速くこちらの近くに迫っていた。
リュートは踏み込みをして緋剣を低く払い――
「うわっ⁉ 俺違うって! 人間人間っ!」
白い巨人はくぐもった声で否定し、両手を上げた。
堕神ではない。ただの着ぐるみだ。
「地球人っ⁉」
理解は遅れたものの、身体はなんとか反応していた。
偽堕神に迫る緋剣の柄――それを握る手首をとっさに蹴り上げて。
そこまでならまだ、立て直しも容易だった。しかし、
「ぅわあっ⁉」
「はっ? おい馬鹿! こっちに来っ――」
足をもつれさせたらしい地球人が、あろうことかこちらに倒れ込んできた。
蹴り足の立て直しも半ばの状態で、対処できるはずもなく。
せめて安全のため緋剣は放り捨て――地球人に怪我でもさせたら洒落にもならない――容赦なく地球人の下敷きになってから、リュートは必死に彼を押しのけ起き上がった。
「どいてください! ここは危険です!」
全力で罵ってやりたい気持ちを辛うじて抑え込み、地球人から離れるように右に跳ぶ。動作に揺れて荒ぶる簡易ライトの光が、床に転がる緋剣を一瞬捉えた。
運のいいことに進路と重なっていたそれを、通り過ぎざま拾い上げるリュート。カートリッジを挿し込んで再度緋剣を発動させ、近づいてきていた堕神の腹を薙ぐ。
次元のゆがみが戻ったことを確認し、もう次はないことも確信してから。
緋剣を解除するよりも先に、リュートは地球人を振り返った。
「俺の退避勧告、聞こえてなかったんですか?」
丁寧な口調ではあっても非難の気配が漏れていたのか、地球人は自己弁護するようにわたわたと手を振った。先端にいくにつれ腕周りが太くなっている、白いもこもこした両手を。
「いやあ、聞こえてはいたんだけど……」
「だけど?」
「せっかくだから、排除を間近で見てみたいなって」
「やめてください特にその不格好な鬼の姿でうろつくのは」
「ほんとそうだよ! リュー君の言う通り!」
小走りで駆け寄ってきたアスラが、地球人に厳しい顔を向ける。
「あたしの仲間はもっとかっこいいもん、こんな不気味な出来損ないじゃないよ! 《眼》はもっと情熱的な赤色をしていて神僕の因子を熱く焦がすし、爪だって洗練されたとがり方で神僕の肉を鋭く引き裂くんだからっ! ね、リュー君っ!」
地球人がいるためアスラに返答できないことに、リュートは大層感謝した(でなきゃどううなずけというのか)。
アスラを認識できない地球人は、当然アスラの怒りも素通りして、リュートに言葉を返してきた。
「だから悪かったって。反省の証しに、斬られそうになったこと黙っててやるからさ」
それはお前の自業自得だろ。
とはさすがに言えず、「今後気をつけてくださいね」とだけ返して、リュートは緋剣を解除した。
だからこういう場所は嫌いなんだ、と胸中で愚痴りながら。
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