4.アタラクシア⑥ あなたはひとりじゃない
◇ ◇ ◇
「すごいねリュー君! 今の人、目が3つあったよ。すごく便利そう! さっきの首が長い人も、列の後ろからでもいろいろ見えるからお得だよね!」
「お化け屋敷は、そういう楽しみ方をする場所じゃないんだけどな……」
はしゃぐアスラに一応指摘し、リュートは淡々と歩を進めた。腕に絡みつかれているため多少歩きづらいが、銀貨を意識する必要がなくなった分だけ楽といえた。もちろんお化けたちがどこに控えているか分からないため、声量は抑えなければいけないが。
屋敷内は薄暗く、不気味な曲調の音楽が流れ続け、時折設置されている照明はぼんやりとした火の玉で。そして主役のお化けは、無言だったり叫び声を上げたりしてすごんできて。お化け屋敷はおおむね想像通りの場所だった。
「あ、見ーつけた!」
また一段テンションを上げ、アスラが前方を指さす。
通路の脇。1メートルほどの高さの台に、一抱えほどの白い箱が置いてある。あれが張り紙にあった、度胸試しBOXとかいうやつなのだろう。
アスラはリュートの腕から離れ、BOXの元へと駆け寄った。
「ここに手を入れればいいんだよね? よーし、度胸試しスタートっ♪」
BOXの側面――恐らくは穴でも開いているのだろう――に、勢いよく右手を突っ込むアスラ。
彼女はそのままなにかを待つように棒立ちになり、
「んー……ん? うわ……うわわわわっ……うきゃあっ⁉」
慌てて手を引っこ抜いた。
リュートはアスラの元に追いつくと、結果だけを淡々と聞いた。
「なんだったんだ?」
「なんか、ねちょってした」
「取りあえず手は拭こうか」
再び腕にしがみつこうとするアスラから半歩のき、備えつけのウェットティッシュで彼女の手を拭いてやる。
「ありがとリュー君っ♪」
「満足したなら先進むぞ」
ウェットティッシュをゴミ箱に捨て、リュートは歩みを再開した。本音を言えば、こんな所はさっさと出たかった。いざという時動きにくいだけの場所など。
しかし、
「わ、火の玉いっぱいでなんかきれい!」
きゃいきゃいと声を上げるアスラを見ていると、多少は楽しく思えてくるから不思議だった。
そうこうしてルートを進んでいくと。
――ひたり、ひたり。
前方からひとりの男が歩いてきている。脳天に手斧を食い込ませ、これでもかというほど血を流していた。
流血男は足を速めることもなく、一定のペースで歩む。このままいけば当然リュートとぶつかることになる。
リュートと50センチほどの距離まで迫ったところで、男はねめつけるように顔を寄せてきた。そしてこちらの眼前に、ぴっとなにかを突きつけてくる。
ポケットティッシュだった。火の玉が作り出す明かりが、包みに印刷された文字を照らす。
『あなたはひとりじゃない――会員登録後のカップル成立率、業界ナンバーワン! 生涯の伴侶に出会えます――』
歯の隙間から薄く長く息を吐き出し、男が悲哀に満ちた笑みを浮かべ、親指を立てる。
「……?」
意味が分からず顔をひそめ、数秒遅れてリュートは気づいた。
地球人にアスラは見えていない。つまりこの男にとってリュートは今ひとりだ。
「いえ、そういうの興味ないんで。つか未成年なんで」
ティッシュを押しのけようと手を出すと、男は大袈裟に後退してみせた。
お化けと客の接触禁止という規則を思い出し、リュートは胸中でぼやいた。
(ならそもそも変な物渡そうとするなっての……)
お節介の極みのような男は、最後にもう一度親指を立てると、ひたりひたりと去っていった。
「今のはどんなお化け? 妖怪ティッシュ配り?」
常に楽しそうな方向に思考をもっていける彼女に半ば感心しながら、リュートは返事をしようと口を開き――
「っ……!」
言葉を空気ごと嚙み殺し、唇を引き結んだ。重層的な違和感に神経を研ぎ澄ませ、問題座標を特定すると。
「テスター! 俺のが近い! 須藤たちを頼む!」
後方にいるはずのテスターに一方的に宣言し、リュートは腰のブザーに手を触れた。