4.アタラクシア⑤ え、本気か?
◇ ◇ ◇
館内は冷房が必要以上に効いているのか、夏にもかかわらず肌寒い。
薄闇の中をすたすた歩きながら、セラはいらいらと下唇を嚙んだ。
「まったくもう、勝手してくれちゃって」
両サイドからわっと現れたゾンビを、歯牙にもかけず通り過ぎる。お化けの見た目が拍子抜けするほどチープで、ひそかに抱いていた期待をこそぎ落とされたのも、セラの不機嫌に拍車をかけていた。
「そうカッカするなって」
隣を行くテスターが、呑気に声を上げる。通り過ぎたゾンビに手を振りながら、
「少しくらい『お兄ちゃん』を貸してあげてもいいんじゃないか?」
「なによそれ、ブラコンじゃあるまいし」
途端、テスターがごつっとつんのめる。
「大丈夫? もうっ、後ろ見ながら歩くからよ」
半眼で注意すると、テスターはつまずいて遅れた分を早足で取り戻し、再び横に並んでからつぶやいてきた。
「え、本気か?」
「なにが?」
「いや、なんでもない」
「?」
テスターの訳の分からない挙動については流し、セラは自分に言い聞かせるように述べた。
「別にもう、アスラがなにかをしでかすとか思ってるわけじゃないわよ。でも意図しないなにかが……って可能性も捨てきれないじゃない? 私がいれば――」
「君がいればリュートを護れるって?」
「そういう……わけじゃないけど……」
ズバリ聞かれると急速に自信を失ってしまい、下を向くセラ。
「お兄ちゃんが神僕としての役割を果たそうっていうなら、私はもうそれを止めない……でも、怖いの」
自分がなにを危惧しているのか。それだけは無視できない感情だと、顔を上げる。
「お兄ちゃんは人並み外れた回復力をもってるし、尋常でない痛みにも慣れている。だから簡単に捨て身にもなれる。ただでさえ守護騎士は、増血剤の濫用で寿命を縮めやすいのに……」
「リュートが生き急ぐのが心配だって? あいつは別に、君にそんな心配をしてほしいとは思ってないと思うぜ。自己責任って言葉の意味は、十分過ぎるほど分かってるだろ」
「別にそういうんじゃなくて……私はただ、10年先もお兄ちゃんと一緒にいたいだけ」
きゅっと口を引き結び、思いをはせる。ただ家族との未来を思い描くことが、どうしてこうも難しく感じるのだろうか。
セラの憂いを知ってか知らずか、テスターがあっけらかんと請け負った。
「大丈夫大丈夫。あいつしぶといから、ホウ酸団子食ったって死なないぜ」
「お兄ちゃんはゴキブリじゃないのよ……」
あきれたトーンで返し、片眉を上げるセラ。
それでもこんな場所で広げる話題でもないとは分かっていたので、セラは気を取り直してお化け屋敷に集中することにした。
(せっかく来たんだし、楽しまないとね)
せっかく切り替えた気持ちをこけにするかのように、それは訪れた。
「っ……」
日常茶飯事となっている違和感のプレッシャー。
テスターに顔を向けると、彼はこくんとうなずいた。
「――幻出だ」
◇ ◇ ◇