4.アタラクシア④ よっぽど楽しみなんだね。
◇ ◇ ◇
「次はどこ行こっか」
「私ね、ここ気になってるんだ」
外国の街並みを模した区画を、ふたりいい雰囲気で歩く銀貨と明美。
その後ろを、リュートたちはよろよろと追っていた。
「あいつら……楽しそうで……なによりだな」
「そう、だな……」
「回る……世界が……ぐるぐると……」
ジェットコースターの代わりに乗ったのはコーヒーカップだった。
ベルトで固定しないからいざという時動けるし、カップ本体の回転は自分たちで調整できるから、妥協案としては上々のはずだった。
未知数Xの存在を除いては。
「もう、みんな弱っちいなあ。だらしないぞ!」
未知数X改めアスラが、腰に手を当て大物ぶる。
「意識があるだけ……褒めてほしいよ……」
リュートはげんなりと抗議した。
なにもいじらず触らず、まったりと銀貨たちのカップを見守る予定だったのに、アスラがハンドルを握ってしまった。
そして超が付くほど刺激的な時間が訪れた。
もしかしたらジェットコースターの方が安全だったかもと思うくらいの、急速回転(おかげでハンドルが勝手に回るという異様な光景を、地球人に見られる心配もなかったが)。
きゃいきゃい言いながらハンドルを回し続けるアスラを止めることもかなわず、リュートたちはひたすら拷問に近い数分間を耐える羽目になったのだ。
終了後、様子を見ていたと思われる待ち列の者たちは、皆一様に顔を引きつらせていた。
リュートたちが乗ったカップ――途中からぎちぎちめきめきと、怪しい音を立てていた――はたぶん、再起不能なのではないだろうか。係員は自分たちの整備ミスだと勝手に判断したのか、特に苦情等を言われなかったのが、不幸中の幸いだったが。
「やば……吐き気が、身体中渦巻いてる……」
「俺、脳みそどこかに落としてきたかも……なんかさっき、すっぽ抜けた気がするんだ」
「ああ、さっき視界にちらついた物体……テスター君の脳だったんだ……」
三者三様意味不明なことを吐きながら、物理的なものは吐かないよう唾を飲み下す。
「ねえねえリュー君、次はどこ行くのっ?」
「ちょ、やめ……押すな……」
「みんな大丈夫?」
気づいたら、明美がこちらまで引き返してきていた。銀貨もその場で足を止め、気遣わしげな視線を送ってきている。
「全然大丈夫だよー、また乗りたいくらい♪ その時はあーちゃんのカップを回してあげるね♪」
明美は、あははと――アスラを視認できない銀貨が見ているので、不自然でない程度に――空笑いを浮かべ、リュートたちを見回した。
「今、山本君とも話してたんだけどね。スタンダードにお化け屋敷はどうかなって」
「揺れないなら、お化けでも恐竜でもなんでもいい……」
アスラに押されうな垂れていたリュートは、わずかに顔を上げてうなずいた。
◇ ◇ ◇
【恐怖の館へようこそ! ※必ず注意事項をお読みください】
・館内にはびこるお化けへの接触は、固く禁じております。接触により呪われたとしても、当館は責任を負いかねますのでご了承ください。
・よりセンシティブな恐怖をお届けするため、館内の至る所に度胸試しBOXが設置されております。触感のみでしかBOXの中身を推測できない仕様となっていおり、より生き生きとした恐怖をお楽しみいただけます。
・なお、ゼラチンアレルギーの方、グロテスクな表現が苦手の方、キノコやミミズ、ナメクジが苦手な方はBOXの使用をお控えください。
・妊婦の方、心臓に持病のある方、ピエロ恐怖症の方は、入館そのものをご遠慮ください。
「スタンダードなお化け屋敷って、こんななのか……?」
壁の張り紙を指さし、リュートは明美に訴えるようなまなざしを送った。
お化け屋敷の長蛇の列に並び、ようやく列が捌けてきたところで見えたのがこの注意書きなのだから、多少の疑義は呈したくなる。
「客寄せのため、ちょっと異色なこともやってる……のかな」
銀貨と顔を見合わせ、自信なく答える明美。
「もうずっと並んで待ちくだびれたー。早く入りたいよぉ」
リュートの背中に抱きつきっぱなしのアスラが、耳元で不平を漏らす。最初のうちはアスラを引き剝がそうとしていたセラも、今はもう諦めたのか、全く気にしたふうもない。
「だいぶ並んだけど、あと少しだな」
リュートは銀貨に気づかれぬよう、首回りにあるアスラの腕を、励ますようにとんとんとたたいた。
列が1組進み、2組進み……ようやっと順番が回ってきた時に、思い出したようにテスターが声を上げた。
「そういや組はどうする? みんなでぞろぞろ歩くのか?」
「それは無粋ってもんですよ」
セラが人さし指を立て、そのまま続けて中指も立てる。
「二手に分かれましょう。山本さんと須藤さんふたりの後に、私たち3人が――」
「あたしもう待ちきれない! リュー君リュー君早く行こうよっ!」
突然忍耐の限界がやってきたのか、アスラがリュートの前に回り込み、腕をぐいぐい引っ張り始める。
「わ、待てっ……」
リュートは踏みとどまろうとしたが、本気を出したアスラに力でかなうはずもなく、あっけなくつんのめる。
それをいぶかしげに見届けているのは銀貨だ。
「あ、いや……俺先行くわ。先行隊ってことで」
リュートは強引な口実で押し流し、入り口に控えている係員に目配せを送った。係員がカウンターを押して「どうぞ」というのを確認後、ほぼほぼアスラに引きずられるような体勢で、館内へと足を踏み入れていく。
「……私たちふたりが、山本さんたちの後に入りますね」
「……龍登君、よっぽど楽しみなんだね」
セラの心底あきれた声と、銀貨の生暖かい声音が、嫌みなくらい耳に残った。
◇ ◇ ◇