表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
294/389

4.アタラクシア④ よっぽど楽しみなんだね。

◇ ◇ ◇


「次はどこ行こっか」

「私ね、ここ気になってるんだ」


 外国の街並みを模した区画を、ふたりいい雰囲気で歩く銀貨と明美。

 その後ろを、リュートたちはよろよろと追っていた。


「あいつら……楽しそうで……なによりだな」

「そう、だな……」

「回る……世界が……ぐるぐると……」


 ジェットコースターの代わりに乗ったのはコーヒーカップだった。

 ベルトで固定しないからいざという時動けるし、カップ本体の回転は自分たちで調整できるから、妥協案としては上々のはずだった。

 未知数Xの存在を除いては。


「もう、みんな弱っちいなあ。だらしないぞ!」


 未知数X改めアスラが、腰に手を当て大物ぶる。


「意識があるだけ……褒めてほしいよ……」


 リュートはげんなりと抗議した。

 なにもいじらず触らず、まったりと銀貨たちのカップを見守る予定だったのに、アスラがハンドルを握ってしまった。

 そして超が付くほど刺激的な時間が訪れた。


 もしかしたらジェットコースターの方が安全だったかもと思うくらいの、急速回転(おかげでハンドルが勝手に回るという異様な光景を、地球人に見られる心配もなかったが)。

 きゃいきゃい言いながらハンドルを回し続けるアスラを()めることもかなわず、リュートたちはひたすら拷問に近い数分間を耐える羽目になったのだ。


 終了後、様子を見ていたと思われる待ち列の者たちは、(みな)一様に顔を引きつらせていた。

 リュートたちが乗ったカップ――途中からぎちぎちめきめきと、怪しい音を立てていた――はたぶん、再起不能なのではないだろうか。係員は自分たちの整備ミスだと勝手に判断したのか、特に苦情等を言われなかったのが、不幸中の幸いだったが。


「やば……吐き気が、(から)()(じゅう)渦巻いてる……」

「俺、脳みそどこかに落としてきたかも……なんかさっき、すっぽ抜けた気がするんだ」

「ああ、さっき視界にちらついた物体……テスター君の脳だったんだ……」


 三者三様意味不明なことを吐きながら、物理的なものは吐かないよう唾を飲み下す。


「ねえねえリュー君、次はどこ行くのっ?」

「ちょ、やめ……押すな……」

「みんな大丈夫?」


 気づいたら、明美がこちらまで引き返してきていた。銀貨もその場で足を()め、気遣わしげな視線を送ってきている。


「全然大丈夫だよー、また乗りたいくらい♪ その時はあーちゃんのカップを回してあげるね♪」


 明美は、あははと――アスラを視認できない銀貨が見ているので、不自然でない程度に――空笑いを浮かべ、リュートたちを見回した。


「今、山本君とも話してたんだけどね。スタンダードにお化け屋敷はどうかなって」

「揺れないなら、お化けでも恐竜でもなんでもいい……」


 アスラに押されうな垂れていたリュートは、わずかに顔を上げてうなずいた。


◇ ◇ ◇


【恐怖の(やかた)へようこそ! ※必ず注意事項をお読みください】

 ・館内にはびこるお化けへの接触は、固く禁じております。接触により(のろ)われたとしても、当館は責任を負いかねますのでご了承ください。

 ・よりセンシティブな恐怖をお届けするため、館内の至る所に度胸試しBOXが設置されております。触感のみでしかBOXの中身を推測できない仕様となっていおり、より()()()()とした恐怖をお楽しみいただけます。

 ・なお、ゼラチンアレルギーの方、グロテスクな表現が苦手の方、キノコやミミズ、ナメクジが苦手な方はBOXの使用をお控えください。

 ・妊婦の方、心臓に持病のある方、ピエロ恐怖症の方は、入館そのものをご遠慮ください。




「スタンダードなお化け屋敷って、こんななのか……?」


 壁の張り紙を指さし、リュートは明美に訴えるようなまなざしを送った。

 お化け屋敷の長蛇の列に並び、ようやく列が()けてきたところで見えたのがこの注意書きなのだから、多少の疑義は呈したくなる。


「客寄せのため、ちょっと異色なこともやってる……のかな」


 銀貨と顔を見合わせ、自信なく答える明美。


「もうずっと並んで待ちくだびれたー。早く入りたいよぉ」


 リュートの背中に抱きつきっぱなしのアスラが、耳元で不平を漏らす。最初のうちはアスラを引き剝がそうとしていたセラも、今はもう諦めたのか、全く気にしたふうもない。


「だいぶ並んだけど、あと少しだな」


 リュートは銀貨に気づかれぬよう、首回りにあるアスラの腕を、励ますようにとんとんとたたいた。

 列が1組進み、2組進み……ようやっと順番が回ってきた時に、思い出したようにテスターが声を上げた。


「そういや組はどうする? みんなでぞろぞろ歩くのか?」

「それは無粋ってもんですよ」


 セラが人さし指を立て、そのまま続けて中指も立てる。


「二手に分かれましょう。山本さんと須藤さんふたりの後に、私たち3人が――」

「あたしもう待ちきれない! リュー君リュー君早く行こうよっ!」


 突然忍耐の限界がやってきたのか、アスラがリュートの前に回り込み、腕をぐいぐい引っ張り始める。


「わ、待てっ……」


 リュートは踏みとどまろうとしたが、本気を出したアスラに力でかなうはずもなく、あっけなくつんのめる。

 それをいぶかしげに見届けているのは銀貨だ。


「あ、いや……俺先行くわ。先行隊ってことで」


 リュートは強引な口実で押し流し、入り口に控えている係員に目配せを送った。係員がカウンターを押して「どうぞ」というのを確認後、ほぼほぼアスラに引きずられるような体勢で、館内へと足を踏み入れていく。


「……私たちふたりが、山本さんたちの後に入りますね」

「……(りゅう)()君、よっぽど楽しみなんだね」


 セラの心底あきれた声と、銀貨の生暖かい声音が、嫌みなくらい耳に残った。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ