4.アタラクシア③ 一生来れないかもしれない場所だぜ?
◇ ◇ ◇
「あー、つまんね」
銀貨と明美からこころもち距離を置いて歩きながら、リュートは感情のない声でつぶやいた。
「俺、こういう人混み苦手なんだよ」
パーク内は縦横無尽に人が行き交い、話し声に加えて陽気な音楽が常時流れている。それらが頭の中にぐわんぐわんと押し入ってきて、思考が強制的に洗い流されそうだ。
セラも額に手を当てうめく。
「私だって。ごたごたし過ぎて頭が変になりそう」
「あたしは好きだよー、人がいっぱいで楽しいっ! ごたごたも全然気にならないよ♪」
「君はもうちょっと気にしてほしいかな」
通行人とぶつかりそうなアスラの肩を、そっと、目立たない程度に引き寄せる。
リュートはため息をついた。
(ただでさえ厄介なのに、こんな場所にアスラだなんて)
そうせざるを得ない理由があるのは分かっていたが、やはり目先の煩わしさに一言言いたくなってしまう。
「でもさ、本当だったら一生来れないかもしれない場所だぜ? レオナルド教官じゃないけど、役得だよな」
何事も前向きなテスターはもはや、観光気分で楽しんでいた。すれ違う人たちがこちらの制服にいちいち目を留めるのにも、完全スルーを決め込んでいる。
「あ……やべ」
前方から来た一団に隠れて、銀貨と明美の姿が見えなくなった。すぐに歩調を速めて追いついたが、もう少し距離を詰めた方がいいかもしれない。
「……ん?」
気づく。
銀貨と話している明美が、隙を見てこちらに目線を送っていた。なにやら困っているようだ。
気になって近づくと、こちらの接近に気づいた銀貨がスマートフォンの画面を見せてきた。
「あ、みんな。このジェットコースター、今待ち時間少なめだよ。乗ってみない?」
アタラクシアのアプリを起動しているらしく、画面には各アトラクションの待ち時間が表示されていた。
それを見ながら、テスターがぱたぱたと手を振る。
「あー悪い、それはちょっと駄目なんだ」
「え?」
「ほら、コースター乗ってる時に幻出起きたら悲惨だろ?」
先日レオナルドがやっていた仕草を真似て、テスターが右拳を手のひらにぶつける。
「ああそっか! ごめん」
しくじったとばかりに頭をたたいた銀貨は、困ったように明美を見た。
「僕らはどうしようか……」
乗ってはみたいけど、こちらのことを考えると気が引けるということだろう。
正直その辺りはどうでもいいし、ジェットコースターに乗ること自体は渡人として止められない。地球人との協定において、彼らの自己責任による免責事項に該当する事柄だからだ。
しかし彼女――須藤明美はそうもいかない。
堕神に触れられる彼女がその身に背負うリスクは、神僕と変わらない。加えて女神を宿しているのだから、彼女の身の安全には神僕の命運まで関わっていると言っても過言ではない。そうでなくとも個人的に、彼女がミンチになるリスクは友人として避けてほしいとは思う。
恐らく明美は、細心の注意をもって行動するようセシルから求められているはずだし、日常生活における禁止事項についても事細かく通達されているはずだ。
だから明美の答えとしては「乗らない」1択に決まっているのだろうが、
「そうだね、どうしよっか……」
銀貨に返すその言葉は、どうにも歯切れが悪かった。
(つまりは、乗りたがってる山本にノーを突きつけるのは気が引けるってことか……ま、嘘つくわけだし当然か)
リュートは助け船を出した。暇を持て余したアスラに、ゆさゆさと揺さぶられながらではあるが。
「須藤って、絶叫系は苦手なんじゃなかったか?」
命綱を得たように、明美がぱっと食いついてくる。
「そ、そう! 山本君。そういうわけだから私、個人的には乗らない方がうれしいなー、なんて……」
「そうなの? ごめん須藤さん、知らなかった」
「ううん大丈夫。他にもたくさん面白そうなのあるし、こだわることないよ」
「そうだね」
なんとか丸く収まったふたりに、セラがパンフレット記載の地図を指さし見せつける。
「あ、ならこれなんかどうです? そりゃあ絶叫系には及びませんが、自分で回転かけられるから、少しはゾクゾクできるんじゃありません?」
惑うことのない提案に、リュートはぽつりとつぶやいた。
「お前、ちゃっかり事前チェック入れてんのな」
「任務を円滑にこなすためですっ」
顔を背けるセラの頰は、うっすらピンク色に染まっていた。
◇ ◇ ◇