表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
290/389

3.アスラのドキドキ☆2DAYS⑨ 今すぐにでも飛び込みたくて。

「定時報告には少し早いな。なにかあったのか? ヒリス」


 組んだ手を机上に置き、こちらから促す。事務局員――ヒリスが、手にした資料を差し出してきた。


「大したことでは。広報担当の者からです。報道発表用の原稿ができましたと。お目通しいただけますでしょうか」

「分かった」

「それと記念撮影ですが、場所はどこにいたしましょうか? やはり本部棟か教育棟前に?」

「今、リュートたちはどこにいるのだ?」

「特別教官の話では、最後は特殊第2運動場で授業を行ったとのことです」

「ではそこでいい。無駄に気取って、変なものが写り込んでも面倒だしな」

「承知しました。それではそのように。失礼いたします」


 淡々とした確認を終えると、ヒリスは出口までの最短距離をたどって退出していった。

 受け取ったばかりの原稿に目を落とすセシルに、背後から声がかかった。


「リュー君たち、記念写真撮るの? テス君もセラちゃんも、みんなみんな一緒に?」

(まずいな)


 じりじり高まる感情に対処する前に、それは爆発した。


「やだズルいっ! あたしも一緒に撮りたいよ!」


 嫉妬に叫ぶ声が背後からではなく正面から届いたのは、声の(ぬし)が俊敏な身のこなしで机を跳び越えてきたからだ。

 アスラの必死なまなざしを正面から受け止め、セシルは一言、


「無理だ」


 と拒んだ。

 しかしアスラはあきらめない。


「体験入学者って、あーちゃんと銀君でしょ? なら大丈夫だよ、うまくやる!」

「そのことだけではない。そもそも君は写真には写らないだろう。意味がない」

「フィルムカメラを使えば、現像時の特殊処理で写るようにできるんでしょ? この前リュー君が言ってた!」

「余計なことばかり吹き込んで、つくづく愚かな……」


 大愚な息子に悪態をつくセシル。

 そこへアスラが顔を寄せてきた。


「ねーねーいいでしょ? あたし結構頑張ったよ? これくらいのご褒美ならいいでしょー⁉」

「…………」

「ねー⁉」

「……細心の注意を払うこと。しくじったらこの先ずっと監禁だ」

「やったあっ! ありがとーっ♪」


 アスラは全身で喜びを表現しながら、ぴょんぴょんと出口に向かった。一度室外に出たところで扉の陰からひょこんと顔を出し、


「誤解しないでね、シル君と遊ぶのも楽しかったから!」


 とだけ残して消えた。


「まったく、あれが()(じん)の少女とはな」


 想定していたよりもはるかに無邪気で、だからこそやりづらい。

 以前女神が言っていた言葉を思い出す。


「魂の罪か……一体どんな罪深いことをしたのか……」


 想像もつかない。連綿と繰り返される命の、ほんのひとつにすぎない自分には。

 女神の――全てを統べる神の考えに、介入することなど許されない。考えることなど許されない。


「……私は、親になるべきではなかったな」


 陰鬱に吐き出すと、使用カメラに関する伝達――もちろん、フィルムカメラを使用させる旨だ――のため、セシルは受話器へと手を伸ばした。


◇ ◇ ◇


 オレンジ色の光を受けて、運動場が光っている。それは切なさをかき立てるようなまぶしさで、だけどもその中に今すぐにでも飛び込みたくて。


「見つけた!」


 光の中に求めていた人影を見つけ、駆けながらアスラは叫んだ。


「みーんなーっ!」


 呼び声に、いくつかの人影がこちらを向いた。撮影の準備をしている事務局員でなく、確かにこちらを見てくれた。

 自分が大好きな人たちが、自分をちゃんと見てくれている。

 アスラは足を速めた。もっと速くみんなの場所に行けるように。もっともっと。

 今回のことでよく分かった。気を()く作戦なんていらない。

 確かに(さび)しい思いをさせて、心を揺さぶるのもいいけれど。


(あたしはそれ以上に、リュー君といつも一緒にいたいんだっ)


 ()められない(おも)いなら、()める必要もない。

 もっと速くリュートの元へとたどり着けるように。

 アスラはいっそう足を速めた。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ