3.アスラのドキドキ☆2DAYS⑨ 今すぐにでも飛び込みたくて。
「定時報告には少し早いな。なにかあったのか? ヒリス」
組んだ手を机上に置き、こちらから促す。事務局員――ヒリスが、手にした資料を差し出してきた。
「大したことでは。広報担当の者からです。報道発表用の原稿ができましたと。お目通しいただけますでしょうか」
「分かった」
「それと記念撮影ですが、場所はどこにいたしましょうか? やはり本部棟か教育棟前に?」
「今、リュートたちはどこにいるのだ?」
「特別教官の話では、最後は特殊第2運動場で授業を行ったとのことです」
「ではそこでいい。無駄に気取って、変なものが写り込んでも面倒だしな」
「承知しました。それではそのように。失礼いたします」
淡々とした確認を終えると、ヒリスは出口までの最短距離をたどって退出していった。
受け取ったばかりの原稿に目を落とすセシルに、背後から声がかかった。
「リュー君たち、記念写真撮るの? テス君もセラちゃんも、みんなみんな一緒に?」
(まずいな)
じりじり高まる感情に対処する前に、それは爆発した。
「やだズルいっ! あたしも一緒に撮りたいよ!」
嫉妬に叫ぶ声が背後からではなく正面から届いたのは、声の主が俊敏な身のこなしで机を跳び越えてきたからだ。
アスラの必死なまなざしを正面から受け止め、セシルは一言、
「無理だ」
と拒んだ。
しかしアスラはあきらめない。
「体験入学者って、あーちゃんと銀君でしょ? なら大丈夫だよ、うまくやる!」
「そのことだけではない。そもそも君は写真には写らないだろう。意味がない」
「フィルムカメラを使えば、現像時の特殊処理で写るようにできるんでしょ? この前リュー君が言ってた!」
「余計なことばかり吹き込んで、つくづく愚かな……」
大愚な息子に悪態をつくセシル。
そこへアスラが顔を寄せてきた。
「ねーねーいいでしょ? あたし結構頑張ったよ? これくらいのご褒美ならいいでしょー⁉」
「…………」
「ねー⁉」
「……細心の注意を払うこと。しくじったらこの先ずっと監禁だ」
「やったあっ! ありがとーっ♪」
アスラは全身で喜びを表現しながら、ぴょんぴょんと出口に向かった。一度室外に出たところで扉の陰からひょこんと顔を出し、
「誤解しないでね、シル君と遊ぶのも楽しかったから!」
とだけ残して消えた。
「まったく、あれが鬼神の少女とはな」
想定していたよりもはるかに無邪気で、だからこそやりづらい。
以前女神が言っていた言葉を思い出す。
「魂の罪か……一体どんな罪深いことをしたのか……」
想像もつかない。連綿と繰り返される命の、ほんのひとつにすぎない自分には。
女神の――全てを統べる神の考えに、介入することなど許されない。考えることなど許されない。
「……私は、親になるべきではなかったな」
陰鬱に吐き出すと、使用カメラに関する伝達――もちろん、フィルムカメラを使用させる旨だ――のため、セシルは受話器へと手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
オレンジ色の光を受けて、運動場が光っている。それは切なさをかき立てるようなまぶしさで、だけどもその中に今すぐにでも飛び込みたくて。
「見つけた!」
光の中に求めていた人影を見つけ、駆けながらアスラは叫んだ。
「みーんなーっ!」
呼び声に、いくつかの人影がこちらを向いた。撮影の準備をしている事務局員でなく、確かにこちらを見てくれた。
自分が大好きな人たちが、自分をちゃんと見てくれている。
アスラは足を速めた。もっと速くみんなの場所に行けるように。もっともっと。
今回のことでよく分かった。気を惹く作戦なんていらない。
確かに寂しい思いをさせて、心を揺さぶるのもいいけれど。
(あたしはそれ以上に、リュー君といつも一緒にいたいんだっ)
止められない想いなら、止める必要もない。
もっと速くリュートの元へとたどり着けるように。
アスラはいっそう足を速めた。
◇ ◇ ◇




