3.アスラのドキドキ☆2DAYS⑦ 善は急げ!
「県内にある『アタラクシア』というテーマパークについてです。今夏新設される展示のひとつに、ディメンショナル・マターのレプリカがあるそうなのですが……どうもそれが、レプリカではなく本物なのではないかという疑いが生じてきまして」
「どういうことだ?」
「即応部隊の一員が、たまたま搬入トラックを見かけた時のことです。その時彼は、確かに感じ取ったと」
(放浪石が地球人の施設に?)
ディメンショナル・マター――通称放浪石は、次元を不規則に渡る気まぐれな物質だ。複数の次元に存在の比重を置くにもかかわらず、堕神への物理的な接触はかなわない。謎が多く、まだまだ研究途上の石である。
その存在座標には、わずかにではあるが独特なゆがみが生じるらしいから、感じ取ったというのは恐らくゆがみのことなのだろう。
「つまり君は、そのテーマパークがディメンショナル・マターを隠し持っていると。そう言いたいのだな?」
「故意かどうかは分かりかねますが」
「分かった。近いうち、確認のため誰かを派遣する」
「承知しました。こちら『アタラクシア』の資料となります。参考までに」
話は終わった。なのに男が去ろうという気配が感じられない。
アスラが疑問に思っていると、その追及は意図せずセシルが行ってくれた。
「まだなにかあるのか?」
「いえ……珍しいなと思いまして。そういった類いの玩具を手元に置かれているのは」
(あ)
そういえば、机の上にボードゲームの箱を置きっぱなしであった。確かに普段のセシルとは全くかけ離れたイメージで、箱を見た男が戸惑うのも無理はない。
セシルは動じなかったようで、しれっと返した。
「地球人の娯楽に触れるのも、大切な交流だからな」
「はあ」
見えなくとも、男が不可解の沼にはまり込んでいるのがありありとうかがえた。
それでも自分が口を挟むことではないと判断したのか、「失礼します」の言葉を残して男は去っていった。
「……出てきていいぞ」
「りょーかーいっ!」
しばらく潜んでいた反動もあって、アスラは元気よくカーテンを取っ払って姿を現した。朝の日差しに照らされた室内が、ぱっと明るさを増す。
セシルの前に躍り出ると、アスラは彼の目が、悩ましげに細められているのに気づいた。
「今の話、大変な感じなの?」
「機密という意味でなら、大して大変でもない。どうせ地球人には解析できないからな。ただディメンショナル・マターはその性質上、我々の管理下に置いておきたいものだ。そういった意味ではあまり好ましくないな。あと単純に、研究素材はこちらにあればあるほどよい」
「へー」
「件の『アタラクシア』というテーマパークは、比較的新しい施設のようだな。数年前に近隣市の埠頭エリアに造られて、市民からの評価も高い」
「詳しいんだねシル君」
「報告書類の受け売りだ。地球人の娯楽などに興味はない」
机上の書類を手に取って申し訳程度にこちらに見せつけ、すぐさまパシッと投げ置くセシル。
「とはいえ視察員を派遣する前に、それこそ詳しい誰かに話を聞きたいところではあるがな。角の立たない交渉のためには、どんな情報であれ下地にはなる」
「だったらあーちゃんと銀君に聞いてみたら? ズバリターゲット層なんだし、行ったこともあるかもよ」
なんの気なしに言っただけなのだが、
「……なるほど、確かにな。体験入学の終わりに挨拶でもして、探ってみるとしよう」
思いの外セシルが食いついてきた。
そうなるとアスラとしてはうれしい限りだ。
「だったら善は急げ! 別に後に回さなくても、今ここで聞いちゃえばいいんだよっ♪ 電話借りるねっ」
アスラは役に立とうと張り切って、机上の電話機へと手を伸ばした。
「リュートにかけるのか?」
「まっさか。まだ気を惹く作戦続行中だもんっ。銀君にかけるの♪」
受話器を耳に当てながら、ボタンをプッシュする。以前銀貨が(半ば強引に)リュートと電話番号を交換している時、セラの目を通して彼の番号を見ていたのだ。
と、セシルの渋い顔から止めようとする気配を察知し、アスラは先手を打って片目を閉じた。
「大丈夫大丈夫っ、あたしは話さないから。つながったらちゃんとシル君に代わるね♪」
指を立てて陽気に待つが――
「……んー、出ないな」
指を机の上に落とし、トントンと天板をたたくアスラ。
「そういえば今は、体験授業中だったはずだな。電源は切っているだろう」
「でも呼び出しはちゃんとしてるよ? サイレントになってるのかな?」
思い出したように言うセシルに、そう返す。
やがて『ただ今電話に出ることができません』という自動アナウンスへとつながり、アスラは無念げに受話器を置いた。
「出てくれないや。また後で電話してみるね」
「いや、大丈夫だ。そもそも非通知の番号に出てくれるかも分からないしな。彼らが帰る間際にでも聞く。たとえ聞き損ねても、嘆くほどのことでもない」
「分かったー。てことはこれで、ひとまず区切りはついたってことだよね?」
「ああ、この件に関してはな」
「それじゃあさ」
アスラはにっこりと、ボードゲームの箱を掲げた。
「こっからは、思いっきりふたりで遊べるね♪」
◇ ◇ ◇




