3.アスラのドキドキ☆2DAYS⑤ さすがに危険だ。
◇ ◇ ◇
「いた、あそこだ!」
第2運動場の隅で徘徊している堕神を指さし、テニスボールランチャーを担いだフリストが歓喜する。
「アスラ君、しっかり記録しておくように!」
「ばっちりだよリス君っ!」
アスラはフリストに託されたスマートフォンを右手に構え、左手の親指を立てた。フリストが誘導弾を投げ、その実験結果をアスラが録画する手筈となっている。
ふたりで堕神のそばへと駆け寄っていくと、さっと誰かが割り込んできた。
「ひゃっ⁉」
「邪魔よ下がってて! あれはあたしが引き受ける!」
「残魂女⁉」
叫ぶフリストを無視し、少女――ツクバは堕神へと切り込んでいく。
「くそう……先を越されてたまるかっ……」
口惜しげにうめくフリストが、意を決したようにテニスボールランチャーを構える。
バシュッと音を立てて発射される球。
しかし飛んでいくのは、テニスボールではなく質量反転誘導弾だ。
フリストいわく、誘導弾は一定数値以下の存在感に反応して作動する。そのため神僕に命中しても作動することはない。
ただし堕神の存在感に反応して炸裂した場合、その効果範囲内に入ればもろともに影響を受けてしまうので注意が必要だ。だから神僕が堕神と接近している時は、扱いに注意が必要だとか。
たまたまなのかフリストの狙いが的確なのか、誘導弾はツクバをすれすれに通り過ぎ、堕神のいる空間へと命中した。
不意の射撃に戸惑ったのか、ツクバが動きを鈍らせる。もしかしたら「え?」という言葉くらいは吐いていたかもしれない。
なんにせよそれは、直後に生じた火薬のはじけるような音にかき消されて、どのみち聞こえなかっただろうが。
「っきゃあ⁉」
誘導弾が炸裂し、悲鳴を上げるツクバに破片が襲いかかる。
彼女は緋剣をかざして後方に飛びのいたが、完全な回避は不可能だろう。
「予想以上に飛散したな」
珍しく自省する口調で、フリスト。よくよく見れば頰に一筋の汗が垂れている。
しかし彼はすぐに気を取り直したようだ。得意げに腕を組み、
「しかしこれで堕神も排除されて――されて……」
「されてないみたいだね」
口をつぐんだフリストの代わりに、アスラは後の言葉を続けた。
堕神は変わらずツクバを狙い、彼女は緋剣を構えて間合いを取り直している。仕切り直しだ。
それでもツクバの能力値故ということか、彼女はあっさりとペースを取り戻して堕神を排除した。
(……仕方ないよ。クーちゃんを怒っちゃ駄目)
ちくりと刺す胸の痛みを、アスラは歯を食い縛ることで抑え込んだ。
と、くるりと身を反転させたツクバが、怒濤のごとき勢いで迫ってくる。
「なんっっっってことするのよこの香害男!」
ツクバは解除しないままの緋剣をフリストの喉元に突きつけると、怒りの形相で彼をねめつけた。相当頭にきているらしく、アスラの存在に目もくれない。
「あたしが狩ろうとしてんだから、おとなしく引っ込んでなさいよ! へっぽこ発明品なんか持ち出して、このざまじゃない!」
このざまというのは、ツクバの身体中に刺さった破片のことだろう。一応年頃の少女らしいというか、顔へのダメージはなんとか避けたようだが、その分かばった腕に破片が集中し、剝き出しの手からは痛々しい血が流れ出ていた。
「僕からすれば、しゃしゃり出てきたのは君なんだけどね」
喉元の刃先にもひるむことなく、フリストが言い返す。
「しかしこれで重大なことが分かった。単に質量反転を促そうとしても、存在抗力がはねのけてくる。それに飛び散る破片は少しやっかいだな」
「訳分かんないこと言ってないで、さっさと非を認めて謝罪してついでに切腹とかでもしなさいよ!」
ツクバは一歩踏み込み、フリストへと顔を寄せた。緋剣まで一歩分寄せるのはなんとか自制したようだが、時間の問題のようにも思えた。
フリストがうめく。
「嫉妬にまみれた低俗な輩が、攻撃本能全開で武器を所持している……さすがに危険だ。科学の未来のために、僕らは散るわけにはいかない。撤退しようアスラ君!」
「りょーかい!」
「人を野蛮人みたいにっ……待ちなさいよ香害男!」
ふたりは科学の未来のために逃げ出した。
◇ ◇ ◇