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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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3.アスラのドキドキ☆2DAYS③ 本能が告げていた。

◇ ◇ ◇


 目の前の扉には、張り紙がでかでかと張られていた。


『ようこそ! 入会希望者随時受付中、被験者切実に募集中!』


 第2運動場の片隅にあるクラブ棟の、ある研究会の扉の前で。アスラは意を決して拳を握った。


(もし地球人にも認識できる存在になれたら、いないふりをする必要もなくなるよね?)


 本当に可能かどうかは別として、その可能性を探ってみるのも悪くない。ここならリュートたちとかち合うこともないだろうから、セシルの懸念にも配慮できる。

 アスラはドアノブに手をやり、慌てて引っ込めた。


(そだ、ノックノック!)


 毎度忘れてしまう手順を奇跡的に思い出し、力加減に気をつけながらドアをたたく。


「どうぞ、()いているよ」


 優しい声に招かれてドアを()けると、まず目に入ったのは中央部にある大きなローテーブルだった。天板にはコードや金属片などさまざまな物が置かれていたが、ある程度のルールにのっとり整然と並べられているせいか、ごちゃついた感じはしない。

 ローテーブルの脇にはひとりの優男が座っており、アスラの知識からはもちろん、こちらに向けるその泰然とした表情からも、彼がこの部屋の(ぬし)であることが知れた。

 アスラは戸口から上半身だけ乗り出す形で、男の手元は気にせず声をかけた。


「あたし、ちょっとこの研究会に興味があって。見学させてもらうことってできますかー?」

「なんと入会希望者とは!」


 男は喜びに目を見開き立ち上がった。


「てっきりまた宿敵が――いやそんなことはどうでもいいか。ささっ、入りたまえ!」


 右手に握っていたカラーボールを、背後の棚にあるケースにそっと――まるでもし破裂したら大惨事だとでもいうように――しまってから、男がアスラを手招きする。


「お邪魔しまーす」


 ブーツを脱ぎ、男の向かいに腰を下ろすアスラ。男は「さて改めて」と、ほくほく顔で自己紹介を始めた。


「僕はフリスト。AR専科7回生で、ここ疑似質量応用科学研究会の会長をさせてもらっている」

「あたしはアスラ。えと……AR専科の5回生だよ」


 取りあえずは身に着けた制服に矛盾しない立場を返し、あっと口を押さえる。


(訓練生だったら、先輩にはタメ口利かないんだっけ?)


 あくまで一訓練生として、さりげなく情報を集めるつもりだったのに、いきなり目立つ言動をしてしまった。

 と思っていたら、フリストは少なくとも表面上は眉をひそめることもなく、話を先へと進めてきた。こういったことには、こだわらないたちらしい。


「さてアスラ君。君は実に良いタイミングでここを訪れたね」

「そうなの?」

「ああ。もしかしたらだけど、世紀の瞬間に立ち会えるかもしれない」

「へえっ、すごーい。それでリス君は、今なにをやってるの?」

「質量反転誘導弾を作っている」

「反転……それってつまり、()()()に追いやるってこと?」

「察しがいいね」


 フリストは満足げに(ほほ)()むと、テーブルの上にある黒い球に手を伸ばした。球はテニスボールほどのサイズで、光沢がなく()(けん)と同じような質感を想起させた。

 彼はその質感を確かめるようにぎゅっと握り、


「正確には、これは(さく)(れつ)と同時に、存在感の質量を極値にまで減少させる。疑似的にだけどね。それでもその効果が持続する間、対象は(げん)(しゅつ)が不可能となるんだ」

「それって軽い衝突でも――あまり痛くないような衝撃でも、(さく)(れつ)させられるの?」

「痛くない……? まあ調整は可能だとは思うけど」

「すごいよリス君っ!」


 アスラは歓声を上げた。


「それなら()(しん)に痛い思いさせずに、退散させることができるね!」

「まあ、そうだね……?」


 なぜそこに感心がいくのか分かりかねるといった顔で、応じるフリスト。

 一方アスラは、思わぬ朗報に心を躍らせていた。


(リス君の球が実用化されれば、あたしたちは痛くないし、リュー君たちも世界を(まも)れる。これってウィンウィンってやつだよね♪)


 先ほどのフリストに代わり、今度はアスラがほくほく顔で、彼の手にある球を指す。


「それもやっぱり(ほう)(ろう)(せき)が使ってあるの?」

「やっぱり?」

「あ、そのねっ……」


 ()(げん)なまなざしを返してくるフリストに向け、アスラは慌てて取り繕った。


「リュー君に聞いたんだ。リス君が、(ほう)(ろう)(せき)を使った研究をしてるって」

「リュー君……そうか、君は(くず)()君の知り合いなのか」


 フリストが、がっかりオーラ全開で肩を落とす。


「会員にふさわしいと思ったんだけどな。(くず)()君の――あのいまいましい(ざん)(こん)研究会の差し金か……なんだい、僕の研究を馬鹿にしてこいとでも言われたのか?」

「違うよぉ」


 ぱたぱたと手を振り、アスラ。


「あたしは純粋に、リス君の研究に()かれてここに来たんだよ。本当にすごいと思ってるんだから!」

「そうなのか?」


 フリストが、なおも疑わしい目を向けてくる。アスラはその懸念を払拭したくて、球へと手を伸ばした。


「そうだよ。これだって本当にすご――」


 バチッとはじける感覚に、ひゃっと手を引っ込める。


「どうしたんだい?」

「ううん、別に」


 戸惑いながらも、アスラはとっさにその感情を隠した。話すべきではないと――もっといえば、自分も踏み込むべきではないと――本能が告げていた。

 アスラの熱弁は中断されてしまったものの、フリストはアスラがただの冷やかしではないと信じてくれたらしい。気を許したように(しん)(ちょく)状況を語り始める。


「試作品はできたから、あとは試すだけなんだが……こればっかりはなにぶん()(しん)がいないとね。(しん)(ぼく)(げん)(しゅつ)を待ち望むというのも、おかしな話だけど」

「どうするの?」


 問うアスラに、フリストはにっこりと笑みを返した。


「古今東西、熱烈なファンが取る手段は決まっている」


◇ ◇ ◇

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