3.アスラのドキドキ☆2DAYS① よっし、今日のスタートっ!
◇ ◇ ◇
パチンと最後のピースをはめ込むと、それは完全に姿を現した。
「でーきたっ!」
アスラはローテーブルの上に身を乗り出し、完成したばかりのジグソーパズルを真上から眺めた。
流氷に寝そべるシロクマの写真。毛に覆われた目が気持ちよさそうに細められており、ぎゅっと抱き締めたくなるようなかわいさを醸し出している。
「へへっ、アスラ動物園にシロクマちゃん追加ー♪」
ぱんと両手を合わせ、弾んだ声を上げる。糊づけして額に入れれば完璧だ。
「どこに飾ろっかなー♪」
室内を見渡す。すでに壁一面には、大量のジグソーパズルが飾られている。イヌ、ネコ、リス、ゾウ、ライオンなどなど、さまざまな動物の写真だ。最初の一点から日を追うごとに増えていき、ついにはここまでの数となった。
(そりゃそうだよね、毎晩やってるもん)
睡眠を必要としない自分にとって、夜はただただ退屈な時間だ。あまりに暇なのでセラに泣きついたところ、ジグソーパズルを一点くれた。やってみると思っていた以上に楽しかったので、セシルに新しいパズルをねだった。その積み重ねがこの結果だ。
シロクマの代わりにどれかを外そうかとも思ったが、
(……駄目! どれもかわいい!)
高度な価値判断により却下した。
かといってこのままではシロクマを飾ることもできず、首を傾け思案する。限界まで傾けたところで、アスラはカーテンの隙間から差し込む光にようやく気づいた。
「あ、もう朝だっ」
ジグソーパズルに夢中で、今まで全然気がつかなかった。
ポケットから懐中時計を取り出して蓋を開ける。針は7時すぎを指していた。
「よっし、今日のスタートっ!」
アスラは拳を突き上げると、部屋の外へと飛び出した。
廊下を一気に駆け抜け、重々しい扉を開け放つ。
「おっはよーシル君っ!」
指の付け根が裂けんばかりに手を開き、アスラは部屋――総代表執務室の主へと元気よく呼びかけた。
「おはよう」
執務机から返ってくる事務的な声。いつものやり取りだ。
だからいつも通り、挨拶を終えるとすぐ反転した。
「じゃああたし、リュー君の所に行ってくるね♪」
「待ちなさい」
そう引き止められるのは、いつもの流れにはない展開だった。
アスラがつんのめるようにして振り向くと、セシルが――驚いたことに――執務机越しにこちらを見ていた。
「なあにシル君?」
朝の挨拶をどれだけ繰り返しても、手元の書類から目も離さなかったセシルが、今はアスラを正面から見据えている。
驚きとともにうれしくて、アスラは笑顔で彼に尋ねた。
笑顔の返しは期待していなかったとはいえ、それにしたってやたら淡泊な顔で、セシルは答えてきた。
「今日と明日は、リュートたちに会うのは控えてもらいたい。もっと言えば、できればこの建物からも出ないでほしい」
「えっ⁉ なんでっ?」
「体験入学のため、地球人学生が訓練校にやってくる予定だ。地球人に視認できない君がいると、いろいろと厄介なんでね」
「そんなぁ……」
アスラはがっくりと肩を落とした。
「たまには全く会わない日があってもいいんじゃないかね」
「嫌だよ寂しいもんっ」
即答する。
頰を膨らませるアスラを、セシルはじっと観察し、その後口元を少し緩めた。
「リュートが好きなのだろう? だったら良い機会ではないか?」
「え?」
「いつもそばにいる君が、なぜだか会いに来てくれない。寂しい思いをさせてやれば、リュートも君を恋しく思うだろう」
アスラはセシルの言葉をしばし吟味し、
「ほんとに?」
上目遣いでそう聞いた。セシルが自信を示すように、大きくうなずく。
「ああ保証する。彼は単純だからな」
「じゃああたし我慢するっ」
宣言して、アスラは執務机まで駆け戻った。
「その代わりってわけでもないけど」
机越しに身を乗り出し、セシルへと顔を近づける。腕に押された書類の山が、形を崩した。
「シル君があたしと遊んでくれる? ひとりじゃつまんないんだもん」
セシルは崩れかけた書類の山を直しながら、特に感情もなく答えてきた。
「仕事があるが、できるだけのことはしよう」
「やったぁっ! せっかくの機会だし、あたしたちの仲も深めよーね♪」
アスラの心はうっきうきに躍った。
◇ ◇ ◇