2.楽しい体験入学~2日目~⑩ そんなこと言うけどさ。
◇ ◇ ◇
授業も終わって解散し、いつものメンバーだけになると。
「まさか現役の守護騎士に会えるとは思わなかった! しかも僕は緋剣持ってないからって、護身術っぽいことを教えてくれたんだ。感動モノだよ! サインもらっとけばよかったかな? あ、あと握手も。いやいやもしかしたら、アドレス交換とかできたかもしれない……あー! 馬鹿な僕! なんで駄目元で言ってみなかったんだろ。馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
耐えかねたように興奮を爆発させる銀貨。目の色が変わっていて、もはやテンションもおかしい。
「やっぱすごいね現役の守護騎士はっ! オーラが違うよオーラが!」
「あーあー半端者のエセ守護騎士ですみませんね」
「いいじゃないですかリュート様は。アシスタントなんて、オーラ以前の問題みたいですよ」
リュートは腕を組み、セラとふたりして冷めたまなざしを銀貨へと送った。
「あ、ごめんふたりとも。そんなつもりはなくてっ……」
銀貨が我に返り、慌ててフォローを入れようとする。
が、セラはもう本気ですねる段階は通り過ぎたようで、特に追及することもなく嘆息ひとつで終わらせた。
「そんなことより山本さん。待ちに待ったお楽しみの時間ですよ」
「え?」
「ほら」
セラが指さす方向に、銀貨が顔を向けると。
運動場を横切って、ひとりの男性――制服から事務局員と知れた――がこちらへと歩いてきていた。カメラと三脚を抱えている。
「記念写真だ!」
歓喜の声を上げ、銀貨がぱたぱたと制服をはたきだす。
促されるように、リュートたちもある程度の身だしなみを整え始めた。といってもリュートの場合は包帯まみれの砂まみれなので、どれほど頑張っても高が知れてはいたが。
「皆さん、少しよろしいですか」
到着した事務局員が、口を開く。
「事前にお伝えしていた記念撮影を行いたいと思います。そちらに並んでいただけますか」
言われるままに、アスレチックを背に全員並ぶ。左からテスター、リュート、銀貨、明美、セラといった順だ。
事務局員が三脚をセットしている間、銀貨がそわそわとしだした。
リュートは気にせず前を見た。
隣から感じる期待のプレッシャー。
リュートは努めてそれを受け流す。
隣から聞こえてくる「いいなぁ……」というつぶやき。
リュートは努めてそれを――
……ため息をつく。
こちらの腰元に注がれるまなざしを、はねのける術も見つからず。
「……今だけだぞ」
根負けしたリュートは、緋剣を抜いて銀貨に渡した。
「ありがとう龍登君っ」
ほくほく顔で受け取り、決めポーズを探りだす銀貨。
(だからそんなポーズ取る守護騎士いねえっての……)
あきれるものの止めるのも大人げない気がして、もうなにも言わないことにした。
やがてポーズが決まったのか、銀貨が緋剣を逆手に持ち直し、ぽそっとつぶやく。
「地球人と渡人。この交流で少しは、いい関係に近づいたかな」
「そんな簡単なものでもないだろ」
ごくごく一般論を言うと、銀貨はなんでもないことのように後を続けた。
「少しずつでも変えていけばいいんだよ。僕らの世代からさ」
「ははっ。そりゃ頼もしいねえ」
「そうなったら私もうれしいな」
テスターが笑い、明美も賛同する。と、
「みーんなー!」
事務局員の来た道を忠実になぞり、アスラが手を振り駆け込んでくる。
リュートたちの前まで来ると、彼女は跳び上がってリュートの背後に着地した。そのまま後ろから抱きついてくる。
「ひっどいなあ! あたし抜きでの記念写真だなんて。あたしも入れてよぉ」
「っ……く、食い込んでる。指。傷口に」
叫びかけた声をのみ込み、リュートはか細い声で独り言を発した。
「あ、ごめんリュー君っ」
慌てて二の腕から手を移動させるアスラ。抱きつくのはやめなかったが。
「どうしたの龍登君」
「いや別に」
不思議そうにこちらを見てくる銀貨に、リュートは平静を装って返した。
「きっねん写真♪ きっねん写真♪」
耳元でアスラが口ずさむ。
(別に大丈夫……だよな?)
アスラは写真に写らない。それに関してはすでに何度も試して確認済みだ。逆に彼女の姿を収めたい場合は、現像時に特殊処理を挟むことで可能となることも分かっている。
幸い、事務局員が持っているのはフィルムカメラだ。もしかしたらセシルの指示なのかもしれない。
となれば特段、アスラを拒否する理由もない。立ち位置的に、不自然な空白ができるということもないだろう。
なによりこんな楽しそうなアスラに「君は駄目だ」というのは気が引けた。
そして心から楽しそうな者がもうひとり。
銀貨が緋剣の剣身をなでつつ、しみじみと語る。
「楽しかったなあ、体験入学。また来てもいい?」
「来んな」
「丁重にお断りします」
セラと共にすかさず拒否すると、テスターが、にししと口を挟んできた。
「そんなこと言うけどさ。ほんとはお前らも楽しかったんじゃないか?」
そう言われると完全否定もできず、
「……まあ」
「……少しは」
セラと顔を見合わせ、不承不承うなずく。
「あたしも楽しかったよー♪ 聞きたい? リュー君聞きたい? ていうか寂しかった?」
のしかかってくるアスラに全力で抵抗しながら、リュートは小さく答えた。
「あ、ああ。後でな」
「え、なに龍登君?」
「だからなんでもない」
「あのー。もう撮ってもいいですか?」
わちゃわちゃしていたものだから、事務局員が少しいら立たしげに急かしてきた。
「すみません、お願いします」
慌てて前を向き、姿勢を整える。
(……そうだよな。俺には今がある)
取り返せない空白など、考えたって仕方ない。埋められる今があるならそれでいい。
そしてきっとこんな記録写真ですら、懐かしく振り返る日が来るのだろう。これからの自分に空白はないのだから。
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