2.楽しい体験入学~2日目~⑨ その場所に、リュートだけがいなかった。
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考えてみたことはあった。かつての同期はどう成長したのかと。
エリザベスに関しては、だいぶひいきが入っていたと思う。が、実際に成長した彼女を見てみると、むしろ控えめな想像だったということが分かった。
ショートだった桃色の髪は、今は肩周りで豊かに波打ち、よりいっそう華やかな印象を与えるようになった。サファイアのように蒼い目は、見つめられたら嘘も見透かされそうだ。物腰からたおやかな雰囲気を漂わせる一方で、周囲を惹きつける笑みからは、譲らない意志の強さも感じさせる。
まぶしい、とてもまぶしい存在だった。少なくとも隣に座った自分が、とてつもなく卑小な存在に思える程度には。
アスレチックにふたり腰掛け、訓練に励む仲間を見下ろしながら、リュートはそんな思いにとらわれていた。
しばらくするとエリザベスが、頭の包帯に目をやり聞いてきた。
「その怪我どうしたの?」
「キルエ教官に……」
「あー、あの忍び教官」
なにかを思い出しているのか、困ったように顔を緩めるエリザベス。
「仲間からだいぶ不評も買ってるみたいだし、その様子だと、よっぽどのことをしたみたいね」
「間違って、教官に1発かましてしまいまして」
エリザベスは、ぷっと吹き出した。
「やるじゃん」
そのまま、こちらの顔をじっと見つめてくる。彼女の瞳に自分の姿が収まることは二度とないと思っていたので、リュートは変に緊張した。
「あなたを見てると、昔の仲間を思い出すわ。同じ黒髪で、いっつもグレイガン教官にどやされてた」
懐かしいものを思い出しているまなざし。
それを見て気づく。エリザベスはリュートの顔ではなく、黒髪を見ていたのだ。
「昔の仲間?」
彼女は嘆息すると、こちらから目をそらした。
「事故で死んじゃったんだけどね。学長の子どもだったんじゃないかって、当時は噂されてたわ」
「お察しします」
後ろめたさをごまかすように、リュートは定型の言葉を送った。その後に本音が続きそうになり、とっさに言葉をのみ込む。
が、結局は逡巡を挟んだ後、
「友達だったんですか?」
この際だから聞いてみる。神僕は全体でひとつの家族のようなものだが、だからみんな親友というわけでもない。
彼女にとって、リアムはどんな存在だったのか。
エリザベスは顎に指を当て、考え込むように空を見上げた。
「……ちょっと好きだったかな」
「え?」
「ちょっとね。子ども心にってやつ」
言ってこちらに笑いかける顔は、夕陽を受けて朱に染まっていた。
「あ、このことレオに言っちゃだめよ? 彼ってばすぐ妬くんだから」
「ごちそうさまです」
垣間見えるふたりの関係性に、リュートは複雑な思いで苦笑を返した。
「そろそろ終わりね。結局ほとんどレオに任せちゃったけど」
エリザベスが、すくっと立ち上がる。伸びをしてこちらを見下ろし、
「今日は楽しかったわ。有望な後輩君にも会えたしね」
後ろ手に手を振り、5メートル下の地面へと足を踏み出した。無駄を感じさせない軽やかな着地を見せると、もう一度だけこちらに手を振り、レオナルドの元へと向かっていった。
なんだかんだでレオナルドは、いい教官ぶりを発揮しているようだった。ここから見える範囲でも、緋剣の使い方から堕神相対峙の対応まで、指導の幅は事細かい。
教わる後輩、教える先輩。
その場所に、リュートだけがいなかった。
「……後輩君か」
座り込んだまま、再度苦笑する。とっくに受け入れたつもりだったが、こんな時は5年間の空白を感じさせられた。
レオナルドが手を上げ、声がけを始める。
今日の授業は無事終わったようだ。
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