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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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2.楽しい体験入学~2日目~⑧ 一生次の機会は来ない気がして。

◇ ◇ ◇


 今この場から逃げ出せるならば即座に退散したいと思う反面、ギリギリの距離から様子をうかがいたいと思う自分もいる。

 そんな(きっ)(こう)する感情の折衷案として選んだ訓練メニューだが、どうやら間違っていたようだ。


「くらえリュート!」

「お前のせいで腕が()げたじゃねえか!」

「俺なんか頭割れたぞオラァッ!」

「だああもう! いつまでもねちねち恨んでんじゃねーよっ! つかそんな動けるなら全然軽傷じゃねーか!」


 テニスボールの集中砲火を浴びながら、リュートはぎこちなく身体(からだ)をひねった。

 レオナルドの話が終わった後、特殊第2運動場へと場所を変え。

 彼の実践指導を受けるか、エリザベスが見るラビット&フォックス――RAF(ラフ)に参加するかの2択。

 リュートが後者を選択すると、同じくRAF(ラフ)を選んだ仲間たちはリュートにウサギを押しつけ、自分らは次々とキツネに立候補した。彼らはせっかくだから難易度を上げようなどと吹き、結果として、リュート対他多数の意趣返し大会が開催される運びとなった。


()っ! お前ら長引かせるために、わざと的外してんだろ!」


 背中に受ける衝撃に怒鳴りながらも、リュートはアスレチックを進んでいく。

 一瞬、それこそわざと的に当てさせようかとも思ったが、エリザベスが()めない以上は――切実に()めてほしかったが――これも訓練だ。投げ出すわけにはいかないし、そんな姿を見せるのもなんとなく嫌だった。


(って、こんな無様な姿見せてたら同じだけどなっ……)


 胸中で叫ぶ。散々なありさまだった。

 いつの間にか傷口が(ひら)いていたようで、頭はずきずきと痛むし、手足の負傷が(すべ)らかな体さばきを阻害する。

 しかもうっかり、ポケットにあるスマートフォンをエリザベスに預け忘れてしまった。自分のはともかく銀貨の物を壊すと(しゃ)()にならないため、スマートフォンをかばう前提の動きとなるのが地味につらい。ただでさえ的の紙風船を気にかけなければならないというのに。

 それでもなんとか中間地点まで進んだ頃。


「みんなー! 鬼が集まり始めてるから用心してね!」


 エリザベスの警告が耳に届く。危機感を感じさせない声なのは、まだ(げん)(しゅつ)前――亜(げん)(しゅつ)の状態だからだろう。亜(げん)(しゅつ)は、必ずしも(げん)(しゅつ)につながるわけではない。その状態から鬼が次元をずらして初めて、こちらの世界に干渉できるのだ。(げん)(しゅつ)せずにそのまま別の場所に消えてしまうことも多々あるらしい。


(まずい……)


 (うん)(てい)の上に着地し、足は()めずに一筋の汗を流す。

 明美――女神がいるのだから、亜(げん)(しゅつ)が多いのは当然だ。しかしこの展開は非常にまずい。

 そう思ったのを図ったかのように、背後数メートルで次元がずれる。

 (げん)(しゅつ)だ。


「任せたリュート!」

「地球人は俺らに任せな! だから心置きなくお前は死ね!」

「やっぱそういう流れか⁉ せめてひとりくらい手伝えよ! おいっ⁉」


 瞬刻も迷わず撤退していく仲間に、リュートは罵声を投げつけた。背後を振り向くさなか、脳裏にグレイガンの言葉がよみがえる。


「命を預ける仲間とは、よく言ったもんだぜ」


 たっぷり皮肉り、リュートは紙風船をむしり取った。


(須藤たちは……?)


 明美も銀貨も、レオナルドのメニューをこなす訓練生たちと一緒のはずだ。

 問題ないとは思うが、リュートは念のために視線を飛ばした。

 金髪の訓練生たちに混じって、黒髪の男女が確認できる。テスターとセラもそばにいた。ここからは距離があるので、巻き込まれることはないだろう。


(てことは俺は、とにかくこっちに専念すればいいんだな)


 リュートは()(けん)を引き抜き、アスレチックの段差を飛び降りた。

 前方下側にいるのは、赤い《()》をぎらつかせた白い巨体。

 着地の勢いを殺さないまま駆けだし、リュートは具現化させた(やいば)で白い巨体――()(しん)の脇腹を切り裂いた。

 そのままそばの柱を駆け上り、空中に身を投げ出す。鋭い爪が備わる腕は踏みつけて(けん)(せい)し、リュートは着地がてら、大きな背中に()(けん)を根元まで突き刺した。

 あと一撃入れるか迷う前に、()(しん)が消失する。

 足場をなくしたリュートは、アスレチックの(ふち)に足を下ろし――


「ぉあ?」


 運悪く落ちていたテニスボールを踏み、転倒した。

 数メートル下の地面へと。


「っ……⁉」


 ()(しん)排除の際は痛みを我慢して動いた分、もう耐える余力は残っていなかった。なすがままに落下し、()(けん)の血も遠慮なくまき散らした。

 地面にあおむけにたたきつけられたその体勢のまま、空を見上げる。


「あー……いい天気だな」


 むかつくほどに。

 ひとり完全にやさぐれモードに入っていると、さっと影が差し込んだ。


「足元は注意しないとね。排除したからといって、油断は禁物よ」

「エリ……ザベス先輩」


 不意を打たれたため、危うく愛称で呼んでしまうところだった。

 なんとかごまかせたようで、エリザベスは特に気づいた様子もなかった。かがみ込んでこちらに手を差し出すと、


「まあやるべきことはやったわけだし、及第点ってとこかしら」


 差し伸べられた手は、今つかまなければ一生次の機会は来ない気がして。


「……恐縮です」


 かつての――リアムだった頃の仲間の手を、リュートは戸惑いつつも握り返した。


◇ ◇ ◇

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