2.楽しい体験入学~2日目~⑦ これオフレコでよろしくな。
明美だ。
こう言ってはなんだが驚いた。
彼女が渡人について無関心だとは、さすがに思ってはいない。しかしこういった場で積極的に質問するほど、興味を抱いているとも思っていなかったのだ。
「あなたたちは確か、体験入学の学生さんね」
エリザベスが微笑む。単発とはいえ教官を担う以上、その辺りの情報も入念にチェックしているらしい。
「それじゃあ遠慮なくどうぞ。まずはお嬢さんね」
「どんな小さな質問でも答えるぜ。あ、秘匿事項は勘弁な」
「えと、初歩的なことで恐縮なんですが……即応部隊ってなんですか?」
おずおずと手を下ろしながら、明美。
確かに初歩的な質問ではあった。銀貨にとっては常識だ。
「んー、そうね……渡人が幻出を感知できるのは知ってるわよね?」
会話の距離感を、物理的に近づけたかったのだろう。生徒の列を迂回しながら、エリザベスがこちらへとやって来る。レオナルドも続いたため、訓練生一同も合わせて反転した。
その際に隣から舌打ちが聞こえてきたが、本当に気にしないことにしていたので、努めて無視した。
明美の前まで来たエリザベスが、続きを講説する。
「私たち渡人の中には、さらにその一歩前――鬼が次元の狭間に踏み込んだ時点で、感知できる者もいるの。そういった人たちは即応部隊として、主に交通網を中心として配備されるのよ」
「ま、エリート中のエリートってことだ」
「違うでしょレオ」
うそぶくレオナルドの頭に、エリザベスが拳を当てる。
「感知能力は生来のもので、訓練でどうにかなるものじゃない。私たちはたまたまもって生まれた性質で、即応部隊に入れられたってだけ。地球人に加えて仲間の命もダイレクトに関わってくるから、神経張って疲れるだけよ」
「仲間の命?」
ぴんとこないのか、明美が疑問符を浮かべる。
レオナルドは軽い口調で、
「走ってる車の延長線上に、幻出が起きたとする。原則的に、地球人は素通りだよな。じゃあ渡人はどうなる?」
言いながらパーの形に開いた左手に、右の握り拳を突っ込ませる。
(ぅげぇ……)
銀貨は胸中でうめいた。
即応部隊の意義を知らなかったわけではない。しかし具体的に想像したことはなかった。
一番身近な守護騎士ということで、龍登が残念なことになるさまを脳裏に描いてしまい、反射的に実物の龍登へと目がいく。
そして気づいた。どういう訳か、龍登の機嫌は直っていた……というと語弊はあるだろうが、そう感じられる程度には感情を抑え込んでいた。
彼は守護騎士として振る舞う時は『っぽい』言動を心がけているようなのだが、今はその時以上に整然とした態度で、まるでただの風景として溶け込み、目立たないようにしているように見えた。
ただし銀貨の視線に気づいた時だけ、龍登はじとっとした視線を返してきたが。その目は「俺で想像してんじゃねえだろうな?」と語っていた。筒抜けだった。
恐らくは明美も、憐れな守護騎士の末路に関して、銀貨と似たような反応を示したのだろう。エリザベスが苦笑し、フォローするように片手を振る。
「そんな不運な死に方はめったにないけどね。それでももし本当にそうなったら、諦めるしかないわ」
「だから即応部隊の存在は必須なのさ。あらかじめ警戒できれば死亡率を減らせる。玉突き事故につながって、地球人からクレームが入る可能性もな」
「そんな、さすがにクレームなんて……」
「いや来るんだよなこれが……って、君に言うのは嫌みか。これオフレコでよろしくな」
明美に向かっておどけたように、人さし指を口の前に持ってくるレオナルド。その後彼は、なにかに気づいたように辺りを見回し、
「っにしてもこの辺り、やたらめったら鬼がいるな」
面倒くさげに頭をかいた。
「そうなんですか?」
「気持ち悪いくらいにね」
不安そうに聞く明美に、エリザベスが肩をすくめて応じる。
「今日はお客さまもいるからな。場所を変えよう」
レオナルドは銀貨と明美を一瞥してから――目が合った瞬間、銀貨は一段テンションが上がった――緋剣を抜くと、指示棒のように揺り動かした。
「ちなみに幻出したらお前らに狩ってもらうからなー。授業の一環だ」
「手抜きしたいのバレバレよ、レオ」
「いいじゃんかよ。1日教官の役得だ、役得」
陽気に笑いながらも眼光鋭く周囲を警戒するレオナルドの姿に、銀貨の心は最高潮に高まっていた。
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