2.楽しい体験入学~2日目~⑥ 死ね。マジで死ね。
◇ ◇ ◇
(よし。今度はミスなくやるぞ)
銀貨は気合を込めて拳を握った。
先ほどは授業をめちゃくちゃにしてしまったが、今度はスマートフォンの電源も切り、準備も万全だ。
今いる第2運動場は、昨日見た特殊第1運動場とやらと違って、ごくごく普通の運動場であった。
しかし隣にはもうひとつ大きな運動場――特殊第2運動場というらしい――があり、また近くには体育館らしき建物が4棟連なっているなど、地球人の『普通』とは一味違った、さすがの施設数を訓練校は誇っていた。
そんな場所に今、自分はいる。そして、
(現役の守護騎士の話を聞ける!)
しかも訓練生に混じって。それだけで垂涎ものの体験だ。
整列状態で待機しながら、銀貨は胸を高鳴らせた。
と、こちらへと歩いてくる、1組の男女が目に留まる。それぞれ男性は守護騎士の、女性はアシスタントの制服を身に着けていた。
(……来た!)
自分の立ち位置が最後列のため、見えにくいのがもどかしい。
銀貨は少しでも視覚情報を得ようと、踵を上げたり、列の隙間から必死にのぞき見たりした。
守護騎士の男性は長身で、そこらのモデルに引けを取らないような整った顔立ちだ。若葉色の髪も格好良くセットされている。
さらにすごいのは、そんな彼に見劣りしないアシスタントの存在。後列からでも分かるほどの、ぱっちりとした二重。セミロングの巻き毛が、白い肌に桃色のアクセントをつけている。
まごうことなき、美男美女の組み合わせだ。現役としてはまだ若手のようで、訓練校を卒業してから、そう何年も経っていないように見えた。
「今日の特別授業を担当する、守護騎士即応部隊のレオナルドだ」
「アシスタントのエリザベスです。ふたりとも14期生よ。よろしくね」
(かっこいいなあ)
あまりに見惚れていたから、隣で異変が生じていることに、すぐには気づかなかった。
気づいて左を向くと、ギリギリときしむような音――というか雰囲気? を醸し出している龍登の姿があった。彼は引きつけを起こしたように細かく震えながら、両手の指を包帯に食い込ませ、がっしと頭を抱えていた。
「あっのクソ学長……死ね。マジで死ね」
ぼそっと小さく、そんな言葉を聞いた気もする。
少なくともその横顔から、龍登が怒り狂っているのは明白だった。
しかしそれだけではないようだ。彼の目は怒りをたぎらせながら、混乱と動揺も交えているような、複雑な様相を呈していた。
セラとテスターなら事情も知っているのではないかと視線を転ずるが、龍登の左に立つ彼らは、銀貨と同じく驚きと不審のまなざしで彼を見ていた。
銀貨は意味がないとは知りつつも、右隣の明美へと顔を向けた。当然この状況を明美が説明できるわけもなく、彼女も身を乗り出して、龍登を心配そうに見ていた。
仕方なく銀貨は、姿勢を正して前を向いた。
「にしてもなんだお前ら、やたら怪我して。随分と弱っちい世代だな」
ざっくりとこちらを見渡し、かははと笑うレオナルド。
途端周囲が殺気立つ。ただしレオナルドに対してではない。
今ここにいる40名の訓練生のうち、半分ほどはどこかしらに負傷・手当てのあとを残していた。顔を覚えているわけではないが、恐らくは皆、1限が銀貨たちと同じ授業だった者たちだろう。あの時の教官のキレっぷりはすさまじく、龍登は仲間から大きな恨みを買っているようだった。こうしてなにかにつけて呪詛の念が届くほどに。
それらの念を受け止めた龍登が、丸ごとこっちに回してくるのではないかと、恐る恐る横目で確認すると。
龍登は全く気にしていない――というか気づいていないようで、怒りの矛先がこちらに向かってくることはなかった。ただし据えた目で地面をにらみつけ、彼の指先が食い込んだ包帯からは、傷が開いたのか血がにじみ始めていたが。
(こ、怖い……)
怖じ気を感じ、今度こそは本当に気にしないようにしようと、レオナルドへと意識を集中させる。
「さて。せっかく来たんだし、なにか役立つことしないとな。取りあえずお前ら、なんか質問あるか?」
行き当たりばったり感満載にレオナルドが聞いてくる。銀貨はすかさず手を挙げた。
他にもぱらぱらと手が挙がる中、予想外の場所から反応があった。