2.楽しい体験入学~2日目~⑤ なんかいらっときた
◇ ◇ ◇
「もう! 遅いですよリュー……ト様」
「ど……どうしたの天城君⁉」
合流場所の食堂で、セラと明美が座ったままおのおのに目をむく。
彼女たちにそんな顔をさせた原因であろうリュートは、ガーゼと包帯まみれの顔で、乾いた笑みを浮かべた。
「授業で、ちょっとな……」
「え、でも1限目は座学だって……」
明美が戸惑う一方で、セラは即座に事情を察したらしい。腕を組み、あきれた顔で見上げてきた。
「またキルエ教官を怒らせたんですね」
そう来られると言い訳したくなり、リュートは口をとがらせた。
「今日に限っては、きっかけは俺じゃない」
「かつてないほどの墓穴を掘ったのはお前だけどな」
セラたちの向かいの席に着きながら、テスターが痛いところを突いてくる。巻き添えで腕を負傷したためか、そこはかとなく冷たく聞こえる。
「ごめんね龍登君」
銀貨が申し訳なさそうに眉をへの字に曲げ、テスターの隣に座る。こちらはテスターにかばわれていたため、全くの無傷だ。
「まあ……電源の確認を怠ったのは俺だしな」
ため息をつく。結局のところ、誰かのせいにするには自分の落ち度があり過ぎた。
「なんか天城君って、なんでってくらい会うたびに生傷増やしてるよね」
不思議がる明美に、はははと返しながら、リュートは銀貨の隣の席に着いた。
「ほんと、なんでだろうな」
切実に教えてほしいところではある。
「どうします? ここで休憩していきますか? 回れる時間は減っちゃいますけど」
セラが銀貨をちらりと見ながら、提案してくる。
当初の案では2限は見学できる授業がないので、可能な範囲で、銀貨たちの行きたい場所へ案内する予定だった。セラが示唆しているのは、そのことだろう。
本心からか実は結構スマホの件を気にしていたのか、銀貨は慌てて両手を振った。
「全然構わないよ、ちゃんと休もう。そっちの授業の話も聞きたいし」
「私も大丈夫だよ」
明美の了承も得て、この時間は晴れてインターバルとなった。他の生徒は授業があるので、食堂はリュートたちの貸し切りだ。
互いに授業の感想を話して、主に銀貨から渡人サイドへの質疑と応答。区切りがつくとせっかくの機会ということで、渡人側からも質問を投げかけ、次第に話はとりとめもない方向へ。そのままランチに突入したところで、次の授業の話題となった。
「3限はみんな同じ授業なんだよね? どんな内容なの?」
オムライスの山を、スプーンで崩しながら聞いてくる明美。お気に入りなのか、ここで食べる時はいつも同じメニューだ。
リュートはストローから口を離し、苦い顔でゆっくりと答えた。
「卒業生の特別授業だよ」
別に発言内容に苦みを感じているわけではない。栄養剤の入ったスムージーがクソまずいだけだ。なんらかの理由――例えば口内の負傷など――で固形物が摂取できない場合でもなければ、まず誰も選ばない選択肢だった。
「卒業生……ってことは現役の守護騎士っ?」
パスタの巻き取りに苦戦していた銀貨が、耳ざとく反応する。巻き取れないなら無理しなければいいのにとも思うが、指摘はしなかった。かたまりかけた傷口が突っ張るので、あまり口を動かしたくないのだ。
なのでその先の説明をセラが引き継いでくれたのは、単純に助かった。
彼女は、フォークでサラダをつつきながら、
「プラスそのアシスタントです。10組のペアがそれぞれクラスを受け持ち、1日限りの教官を務めてくださるんですよ。自由度の高い授業なので、担当教官によって内容も異なります。経験者の話を聞く不定期講座って表向きですが、大抵は実践指導に落ち着きますね」
銀貨の興奮が最高潮に達する。
「現役守護騎士の話が聞けるなんてすごいや!」
「よかったね山本君」
「これも須藤さんのおかげだよ、ありがとう!」
「そんな、私は別に……でも喜んでもらえてうれしいな」
はしゃぐふたりを見て、リュートは顔をほころばせた。
(ああ、これがバカップルってやつか)
違うかもしれないが、なんかいらっときたのでそう定義づけることにした。
激辛カレーを早々に平らげたテスターが、満足げに天井を仰ぐ。
「ま、俺たちとしても楽できるだろうし、気が軽いよな」
「そうだな」
つられてうなずく。うなずいてしまった。自分で言っておきながら忘れていた。
そう。
口に出してはいけなかったのだ。
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